ぼくのまつり縫い

手芸男子は好きっていえない

出 版 社: 偕成社

著     者: 神戸遥真

発 行 年: 2019年10月

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放課後の教室で、一人、裾がほつれたズボンの裾上げをしているところを、同級生の糸井さんに見つかってしまった針宮君。裁縫ができることを見込まれて、糸井さんが所属している被服部が担当する演劇部の衣装作りの応援に駆り出されることになりますが、その腕前は被服部の先輩をも驚かせます。中学一年生の男子ながらまつり縫いを得意としている針宮君は、実は隠れ手芸男子だったのです。とはいえ、これは隠し通さなければならない趣味だと、針宮君は心に誓っていました。なぜって、恥ずかしいからです。小学三四年の頃から妹の人形のドレス作りをしていた針宮君は、その後も手持ち無沙汰に安いハギレを買って巾着作りに励んでいました。しかし、五年生の家庭科の裁縫実習で、ついエプロンにフリルを付けてしまうという失態を演じます。フリフリとあだ名され、からかわれる日々を送った小学生時代。引っ越ししたことで別の学区の中学に進学した針宮君は、もう過去のような失敗をしないつもりでした。最初に親しくなった同級生の人気者のカイトに誘ってもらえたことが嬉しくて、サッカー部に入ったものの練習についていけず、さらには足の靭帯を損傷してしまいます。練習に出られなくなった日々に出会った被服部に、針宮君は惹かれながらも、距離を置かなくてはと自分を抑えようとします。なぜなら、心が求めてしまっているから。どうしても好きとはいえない手芸男子の苦悩が解消されるまで、なんとも楽しい物語は続くのです。

針と糸は、もちろん名コンビであるわけですが、針宮君と糸井さんという、二人の冒頭の出会いからこの物語の向かっていく方向は予見されています。先輩に憧れて被服部に入ったものの、手際の良くない糸井さんは、針宮君に手ほどきを依頼します。痛めた足を引きずりながら、被服部が活動する被服室に出入りするようになった針宮君は、やはり悩み続けます。なにせ、被服部では型紙から切り出して、本物のドレスを作ることができるのです。強い憧れを抱きながらも、自分の気持ちに正直になれない針宮君。幼稚園児の頃からピンク好きなのをバカにされ、好きなものを表に出してはいけないと、自分をセーブし続けてきた少年には刺激が強すぎる場所です。男子が嫌いな被服部の先輩からも同志として認めてもらった針宮君は、迷いながらも自分の気持ちに対峙していきます。いつも自分を気づかい、サッカーの練習に戻ってこないかと誘ってくれるカイトに対して、どう向き合ったら良いのか。苦悩を乗り越えて、物語の最後を飾る被服部のファッションショーでブレイクするまで、楽しくて何度も読み返したくなる幸福感に溢れた物語は続きます。読んでいるだけでも面映く、なんだか照れてしまうのは、主人公の針宮君の恥ずかしがる気持ちにシンクロしてしまうから。この感覚ときたら、結構、たまらないものがありますが、それがまた快感でもあるんですね。恥ずかし嬉しいとはこんな感じでしょうか。

好きな気持ちをこじらせることがあります。自分が好きならそれだけでいいのに、誰かの目や評価を気にしてしまうと、好きでいることさえ難しくなるものです。針宮君が安いハギレを買いに通う、クラフトショップの店員でゴスロリの格好をしたモモちゃんは、明らかに男性。親しくなったモモちゃんからは、好きなことを隠すのは難しいと言われます。人の目などどうでもいいし、みんなに理解してもらうことは無理なのだと言うモモちゃんの堂々とした態度を見ながら、それでも針宮君は考えます。どうせ人にはわかってなどもらえない、ものなのか。理解してもらわなくてもいいと諦めることも選択肢のひとつです。それでもやはり、人には理解してもらった方がいいのです。やりたいことを我慢しないでやる。隠すこともしない。自分やまわりに嘘をつくことより、好きなものを好きという方がずっといい。それを受け入れてもらえるかどうかはわからない。けれどチャレンジしてみる価値はある。開き直って我が道を行くこともできますが、周囲の理解を得られることだってあります。祝福はされないまでも、気持ちをわかってもらえる可能性もあるのです。自分の口から思いを伝える瞬間が近づいてきます。その告白がどんな波紋を生むのかわかりません。少しの勇気が少年の世界を変えて行きます。現実は過酷かも知れませんが、物語の世界はかくも優しく受け入れてくるものです。いや、現実もまた小さな勇気で変えていくことができるかも知れないし、チャレンジには意味があるはずだと、読者の少年少女を勇気づけるでしょう。物語はこれで完結ですが、続刊にも続くようです。やや自分の気持ちで精一杯だった針宮は他者の気持ちにどんな視線を向けていくのか。そんな成長も読んでみたいところです。