ミスターオレンジ

Mister Orange.

出 版 社: 朔北社

著 者: トゥルース・マティ

翻 訳 者: 野坂悦子

発 行 年: 2016年09月


ミスターオレンジ  紹介と感想  >
1943年のニューヨークに暮らす少年、ライナス。長兄のアルバートが志願兵となり、ヒトラーの圧政に苦しむヨーロッパで闘うことを、ライナスは弟として誇らしく思っていました。コミックの中のスーパーマンでさえナチスと戦う兵隊たちを助けている時局。勇敢で、いつも、できるだけ正しいことをしたいというアルバートは自慢の兄でした。アルバートの身を案じている両親が、出征者の家を示す旗を掲げたがらない気持ちがライナスには理解できず、不満に思うほどです。ライナスは兄たちに代わって、家業の八百屋の仕事を手伝うようになりました。時間厳守だし、お客さんは厳しいし、なかなか大変な仕事です。それでも、漫画が得意なアルバートが描き残していったヒーローキャラクター、ミスタースーパーが、ライナスの想像の中でいつも傍にいてくれました。しかし、前線での戦闘は激しくなり、悲報を聞くに及んで、無邪気だった少年も、次第にコミックの中の戦争と、現実に起きている戦争の違いに気づきはじめます。暗く塞がっていく少年の気持ちを慰め、希望を与えてくれたのは、ジェット噴射で空を飛ぶ、未来からきたミスタースーパーではなく、ぶ厚い眼鏡をかけた、未来の色を使うミスターオレンジでした。ミスターオレンジが示した未来は、彼が描き出した強い色彩のように、少年の心を明るく照らしていったのです。

野菜や果物を配達しているライナスは、いつもオレンジを注文するひとりの画家と親しくなります。彼のアトリエに配達に行ったライナスは、白をベースに、赤、青、黄の原色の四角形がいたるところに描かれた部屋に驚きます。うきうきとして踊っているような四角たち。この画家をライナスはミスターオレンジと呼ぶようになります。色には名前があるのに、何故、においには名前がないのか。ライナスの感じている素朴な疑問を、父親は取り合ってはくれませんが、ミスターオレンジは興味を持ち、時間をかけて答えを探すことを教えてくれます。ミスターオレンジの発想はライナスを驚かせていきます。部屋を絵にしたみたいに、この町中を一枚の大きな絵にできるかも知れない。ブギウギという陽気な音楽をかけて、誰もが踊り出したくなるような未来をライナスに語るのです。そんなミスターオレンジが、ナチスに弾圧され、ヨーロッパからニューヨークに逃れてきたこともライナスは知ります。戦争の真実を知り、戦地の兄を思い、心配するライナスに、想像力の大切さと、人が自由でいられる未来のために絵を描き、戦っていくことを教えてくれたミスターオレンジ。彼が指し示す未来に、ライナスも希望を感じていきます。ミスターオレンジとライナスの交流は、やがて形を変えて行くことになります。物語の終わりに、美術館でライナスがミスターオレンジが描いていた絵画「ビクトリーブギウギ」と再会する場面では、二人の大切な時間が蘇ります。色彩と音楽が結ばれて、希望が生まれる。それは、輝く未来を予感させる少年の物語の終わりであり、はじまりでもありました。

さて、物語を読みながら、ミスターオレンジが実在の画家であるピエト・モンドリアンなのだと気づいてから、僕の頭の中では、ずっと井上涼さんの『便利だわ、ブロードウェイブギウギ』のメロディが鳴りだしてしまい、すっかり浮かれた気分になっていました。あらためて表紙を見ると、モンドリアンの特徴的な色づかいが装画にも施されていて、凝った作りに驚かされます。都市にぴったりな音楽であるブギウギを絵にとらえる。そんなモンドリアンの絵は前衛的で、理解しにくい作品だと思っていましたが、この物語で彼のたどってきた人生を知り、また、作者の想像もあるかとは思いますが、作品に込められた願いを感じとることができました。カラフルな四角形に込められた思いは、ただ絵を見ているだけでは想像できないものですね。1943年のモンドリアンは70歳。この物語では、もっと若々しい印象です。かまえることも、威張ることもなく、フラットに少年と友だちになれる。そんな感性を持った人は、やすやすと老人とは呼べないものです。