レイン

雨をだきしめて
RAIN REIGN.

出 版 社: 小峰書店 

著     者: アン・M・マーティン

翻 訳 者: 西本かおる

発 行 年: 2016年10月


レイン  紹介と感想 >
融通がきかないし、気もきかないのがローズという子です。それは性格というよりも、障がいが発現したものです。高機能性自閉症。アスペルガー症候群と言われる心の状態。いくつかのことに極端にこだわりがあって、それに固執してしまう。たとえば、ルールは絶対に守らないといけないし、破ってはいけないとローズは考えます。だから、スクールバスの運転手がウインカーを出さずに道路を曲がったら、指摘しないわけにはいかないのです。人には触れて欲しくないことや、黙っていて欲しいことがあります。それを察して、配慮することがローズにはできません。徹底的に問いつめてしまうと、人は逃げ場を失って怒るしかなくなるのに。一方でローズは自分のこだわりである同音異義語を集めることや、素数について、つい話をしたくなってしまいます。相手がそんな話を聞きたくない時にもおかまいなしです。共感能力の不足。この障がいはそういう症状があると言われます。端的に言えば、トラブルを起こしがちな困った子なので、普通に学校生活を送るのは難しく、サポートを受けているのがローズの現状です。ただ、特殊ではあるけれど、悪い子ではありません。純粋であることをストレートに聖性とみなすべきではありませんが、こうした心の制約の中でローズが感じとったものにもまた、尊い気持ちの結晶が見出せます。そして、これはアスペルガー症候群だから、ではなく、ローズという子だから織り成された物語です。結ばれるべき焦点はそこにあります。

雨の中にいたところをパパが拾ってきた犬は、首輪もなく、身元のわかるものを身につけていませんでした。そこでローズは、犬にレインと名前をつけて飼うことにしました。ママがおらず、自動車修理工のパパは仕事がない時には、バーに飲みに行ってしまうため、さびしい思いをしていたローズ。レインはそんなローズを慰めてくれる存在でした。ところが、嵐がきた夜、パパが迂闊にレインを外に出したため、洪水にさらわれて行方不明になってしまったのです。ローズはその高い情報処理能力で、レインを見つけ出すべく調査を行い、ついに動物のシェルターに保護されていることを突き止めます。ところが、シェルターの調査でレインにはマイクロチップが埋め込まれていて、元々、他の家で可愛がられていた子だということがわかったのです。ローズは悩みますが、ここで、ルールを守らなくてはならない、という決断をすることになります。ローズはレインを探した時と同じように、レインの元の飼い主を探します。嵐で家を流されてしまった元の飼い主一家はどこにいるのか。この時のローズの心情にはグッときます。一年間を一緒に過ごしたレインと別れたくない気持ちを抱えながら、それでも、元の飼い主を探すのは、ルールに固執しているからだけではなく、自分もレインを失った時の悲しい気持ちがわかるからです。ローズの心は障がいの制約の中で、それでも人の気持ちへの理解を深めていきます。元の飼い主は見つかるのか。読者としては見つかって欲しくないな、と思いつつページを進めることとなります。

読みごたえがあり、心理と真理について、考えさせられる作品です。ローズはとてもユニークな子です。同じ障がいであっても、程度の差が細かく分かれ、発現の仕方にも差があるのがこの障がいです。アスペルガー症候群の主人公や登場人物が出てくる児童文学作品はたくさんあります。そもそもの物ごとの感じ方が違っているケースもあれば、感じ方の表現が極端で周囲を困惑させるケースもあります。この物語は、ローズの内面と、外面を並列して描いているため、読者はローズを理解しやすくなっています。同じ作者の『宇宙のゆりかご』は、主人公の少女が自閉症の叔父の突飛な言動や行動に振り回されながらも、その純粋さゆえの哀しみを感じとっていく物語でした。客観だけで見てしまうと、傷がいのある人の態度には驚かされるものだと思います。無論、障がいの実態を知らしめるために物語があるわけではなく、障がいという制約条件の中でも人が理解しあい輝ける姿を描くものが物語だと思います。無論、誤解や衝突は普通の人間関係よりも生じがちです。この物語では、パパがローズの最大の理解者になり得ないという難しさもあります。パパはこの障がいの特性を理解できず、ローズを叱りつけてばかりいます。それでいて、パパなりにローズを深く愛していました。ここに深い真理があると思うのです。それでも、前に進むこと。ハードル走が苦手だった僕は、軽やかには跳べず、時折、バタバタとハードルを蹴倒しながら、やっと前に進んでいました。つまづくこともまた大切な時間だ、とかいうと、穿ちすぎですが、そんなところに真理があって欲しいなどと思っています。