レモンの図書室

A LIBRARY OF LEMONS.

出 版 社: 小学館

著     者: ジョー・コットリル

翻 訳 者: 杉田七重

発 行 年: 2018年01月

レモンの図書室  紹介と感想 >
読み終えて「レモンの図書室」というタイトルに震撼しています。理由は読んでのお楽しみですが、いや、お楽しみ感ゼロだとだけ言っておきます。楽しくはありません。ただ読書の歓びは、楽しさだけではない。この物語の中で描かれる「読書」のように、人の心を支える力をもたらしてくれるものでもあると思うのです。時に読書は人と人の心を結びつける媒介となるものです。本を通じて心を伝えることで、友人を得られることもある。また、その人が読み、遺した本が生きた証になることもあります。こうした感想を残しておくのも、まあ、そんな気持ちも少しあります。この物語の主人公である十歳の女の子カリプソと同じように、僕も子どもの頃、亡くなった母親の本棚を受け継いでいます。そこには母の旧姓の署名がある本もありました。本と読書にまつわる物語を読む時、自分が今、この本を読むことの意味が重なっていきます。そうした複雑な要素が結びつけるものについて、強く考えさせられた作品です。それにしても、主人公のカリプソの引き受けるものが重すぎます。自分にカブるところも多い話なのですが、かなりハードで、自分が子どもの頃に戻って、この立場に立つことを考えると心底ぞっとします。それでも、刮目して読み続けることを。辛くても読書をやめないことを。それが自分が生きる証のような気もするのです。

学校で友だちを作らず、休み時間もひとり本を読んでいるカリプソ。そんな彼女に声をかけてきたのは転校生のメイでした。カリプソは戸惑います。ママを病気で亡くしてから、本だけを友として生きてきたカリプソ。孤独に負けず、ひとりで生き抜くことは、パパの教えでした。しかし、授業の課題を通じて、メイもまたカリプソと同じように多くの言葉についての知識とこだわりを持っている「読書家」であることを知り、二人は急接近します。本の貸し借りをし、メイの家にも遊びに行くようになったカリプソは、メイのお母さんの優しさや、その「家庭」の姿に驚きます。隅々まで配慮が行き届いた、ちゃんとした家庭にカリプソは、自分の家を引き比べてしまったのです。家で出版物の校正の仕事をしているパパは、自分の仕事に没頭して、カリプソの面倒を見てくれません。いつも自分で食事の心配をしているカリプソは、ほかの人が手をかけて作ってくれたものを食べて衝撃を受けます。次第にカリプソにもわかってきたのは、自分の家が「普通ではない」ということです。パパは買い物さえろくにしてくれません。すぐに忘れてしまうのです。心ここにあらずで、仕事のかたわら続けている「レモンの歴史」の本の執筆に夢中になっているように見えます。パパがどこかおかしいことに気づきながらも、どうすることもできなかったカリプソは、この生活が上手くいくように、パパの本が出版されることに希望を抱いていました。しかし、メイが家に遊びにきた日、驚くべきものを見てしまいます。それはパパの心が壊れてしまっている決定的な証拠になるものでした。

パパの心が決壊する前に、メイがカリプソの友人になっていてくれた展開に、大いに感謝します。でなければ、この物語はどういう結末を迎えていたのだろうと想像して、気持ちが暗くなります。ソーシャルワーカーが介在し、グループセラピーやカウンセリングなどメンタルケアが施され、パパとカリプソの閉鎖空間は少し開放されます。ただ、それよりもメイとその家族が側にいてくれたことが、カリプソに力を与えてくれたのだと思います。ママを突然の病気で亡くしてからのパパは、どうしたら良いのかわからなくなっていたのです。誰にも相談することもなく、自分をこじらせ、仕事や本を書くことに没頭することで、現実から逃げていたパパ。カリプソはメイという友人を得たことで、人と一緒にいることの歓びを知りました。誰かが気にかけてくれたことでもらえた力を、今度は自分がパパに与えようと思うのです。パパがつらい気分からぬけだせるまで、自分がそばにいようと誓うのです。こうした健気な決意に満ちた、尊い物語ではあるのですが、やや途方に暮れてもいます。パパが寛解するには、多くの時間を要すると思うし、カリプソ自身もまた深く心に傷を負っています。読者としては楽観していられない帰結です。それでも、信じること。読書と、読書を通じて心を通わせた友だちがカリプソにはいます。たかが読書です。ただ、読書には大きな力があるのだと、祈りを込めて、願う。そんな想いの結晶のような作品です。とこで、巻末には「カリプソの読書案内」のオマケがついてきます。スタンダードなものから、最近の変化球的なものまで入っていて興味を惹かれます。ね、思わず、心を寄せられてしまうものなのですよ、読書って。