犬どろぼう完全計画

How to steal a dog.

出 版 社: 文渓堂 

著     者: バーバラ・オコーナー

翻 訳 者: 三辺律子

発 行 年: 2010年10月


犬どろぼう完全計画 紹介と感想>
友だちに「だらしない」と言われてしまう。それはちょっとショックなことです。でも、ジョージナにだって言い分はあります。マスタードのついてしまった昨日の服も着替えられず、車の後部座席で眠って、朝、顔を洗うのだってカゾリンスタンドやマクドナルドの洗面所、というような生活をしていたら、そんなふうになるのはしかたがないことじゃないか。みじめだってことは、年頃の少女であるジョージナにはわかりきっています。パパはある日、家族を置いて出て行ってしまい、お金がなくアパートに暮らせなくなったママとジョージナと弟のトビーは、しかたなく車で寝泊まりをするようになります。ママは仕事をかけ持ちしているけれど、パート仕事じゃたいしたお金は稼げない。この暮らしから脱出するために、ジョージナが思いついたのは一攫千金です。たまたま見つけた迷い犬のポスター。犬を見つけたら500ドルの懸賞金をくれるというもの。犬を探して、見つけだすことは難しい。だったら、自分で犬を盗んで、後で見つけたことにすれば、簡単に懸賞金をせしめられるのではないか。ジョージナは綿密な計画を立て、犬どろぼうを実行しますが・・・。非合法な世界に踏み込んでしまった少女の、心のせめぎあいが活写された物語。無論、児童文学的結末はそれなりに納得のいくところですので、安心して読むことのできる作品です。

「犬どろぼう完全計画」。犬を傷つけず、人も傷つけない、完全な計画。ジョージナがノートに記した計画書どおりにことが進めば、すべてはうまくいって、お金が手に入り、家族は新しいアパートに暮らすことができます。もう、友だちの前でみじめな思いをしなくて済む。まずは、頃合の犬をさがすところからはじめないといけない。ちょっとずつ、計画にはズレが生じて、うっかりお金持ちではない人の犬を盗んでしまったジョージナ。あらかじめ飼い主に近づいて、懸賞金を沢山、出してもらおうと働きかけますが、犬への愛情はあるものの、飼い主にはそんな余裕はない様子。犬がいなくなって苦しんでいる飼い主の姿を横目で見ながら、ジョージナには罪悪感が芽生えてきます。ちょうどそんな時、知り合いになった自転車で旅するホームレスのおじさんムーキーに言われた一言「もがけばもがくほど、泥沼にはまりこむことがある」が胸に刺さります。何食わぬ顔をして、犬を見つけたことにすれば、完全犯罪は成功。でも、本当にそれでいいのだろうか。少女の切実な希望と、戸惑いと、罪の意識。大人の読者としては「早くあやまっちゃいなよ」と思いながらも、けっこう、こんなふうに、にっちもさっちもいかなくなることってあるよね、と子ども時代の心象も思い出されて、苦笑してしまうのです。

2011年の青少年読書感想文コンクールの小学校高学年の部の課題図書の一冊です。まず、親の都合で、みじめな暮らしをしなければならなくなっている子どもの状態が前提にあります。社会的にはわりと下流の方にいる子ども。学校の友だちがバレエスクールに通っているのを複雑な気持ちで眺めながら、車で暮らしている自分。そんな、みじめな気持ちが、とても痛いんですね。これって、現在の一部の子どもたちは、ビビットにリアルタイムで感じていることじゃないのでしょうか。ジョージナも文句は言うものの、親を恨むでもなく、「自分でなんとかしよう」と思い立ちます。方法は間違っているとはいえ、ある意味、彼女は建設的です。これは、不正や犯罪に対する健全な倫理観を前提にした物語です。ジョージナが思い悩むのは、ちゃんとした倫理感があるからなのです。やむにやまれずとはいえ、結果的に人も自分も傷つけることになる行為だとわかっている。ところで、バレなければ何をやっても良い、という考え方も世の中には存在します。人間の生き方の質と、貧富の差は無関係であって、清貧もまた潔しなんてことは敗者の理屈で、価値観は多様化していっています。本書は、まだ、古き良き「正しさ」が貫かれている物語ではあるのですが、果たして、現代の子どもたちの感覚ではどう読み解かれるのか、感想を読んでみたいですね。

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