一〇五度

出 版 社: あすなろ書房

著     者: 佐藤まどか

発 行 年: 2017年10月


一〇五度  紹介と感想 >
イスのデザイナーを目指している中学三年生の大木戸真は、編入した学校で、同じくイスに興味を持つ女子、早川梨々と出会います。いつもスラックスを履いているため、スラカワと呼ばれ、変わり者だと言われている梨々。実は祖父同士が同じ椅子作り職人としてライバル関係にあった二人は、意気投合して、協力してイス作りのコンペに応募することを決意します。真の考えたデザインを形にするのがモデラーを目指す梨々の役割です。二人は試行錯誤しながら公募テーマに適う椅子を作り上げようとしますが、最大の障害は、真がイス作りに入れ込むことに反対している会社員の父親です。一流の大学に進み安定した仕事に就くことを強制する父親。イス作りなどもっての他、というのは、何か強い信念があるようです。梨々もまた女子であるために、モデラーを目指すことを祖父から反対されています。そんな二人が力を合わせ、良いイスを作ることを目指す物語。デザイナーになることは容易ではなく、その進路の選択には覚悟が必要です。大人たちの話を聞きながら、自分の道をどう選ぶか考え、模索していく少年の姿勢が、潔くも清々しい作品です。プロダクトデザイナーでもある作者の深い知識に裏打ちされた、イス作りに関するディテールがとても面白く、普段、呑気にイスに座っていたことが恥ずかしくなるほど、考え尽くされたイスの世界に驚きを覚えます。発想が形になっていく手応えや、同じ志を持った仲間と気持ちを交わすことの歓びなど、中学生の羽ばたいていく心の広がりを堪能できる心地良い作品です。いやいや、中学生二人のイストークを読んでいるだけで面白いんですよ。

デザイナーとモデラー。両者のパートナーシップが興味深く、汎用性のあるテーマだと思えました。デザインされた椅子を現実の世界に組み立てるのがモデラーの仕事です。自ずと、アーティストと職人のように色分けされてしまうこともあります。頭やセンスを使う側と、手を動かす側。デザイナーの奢りは自分が起点で物作りが始まっているため、自分の方が上だと思ってしまうことです。真もまた、そうした奢りから梨々を怒らせてしまうこともありました。真がコンペのためにデザインしようと考えるイスの背もたれの角度は、一〇五度。ゆったりとした姿勢でよりかかるのには最適な角度。人と人とが互いに背中を預けて、支えあうのにも丁度良い角度があるのだと、真の祖父は教えてくれます。寄りかかりすぎず、かといって一人で直立するわけでもない。物づくりの中で人間同士の結びつきを真が学んでいく姿も素敵でした。人と衝突しながら、試行錯誤して、自分なりの正解を見つけ出していく。アドバイスや気づきを与えてくれる大人たちがちゃんといてくれることも恵まれていますね。2018年の青少年読書感想文コンクールの中学校の部の課題図書にもなった一冊です。多くの中学生に読んで欲しい本なので、選ばれて良かったなと思っています。

「創意」と「工夫」を表現することは「物づくり」を仕事をしている人たちだけの特権ではないと、会社員をやっている自分は考えています。おおよその会社員は、自分自身をいかに機能的に動かすかに挑んでいて、仕事の手順を日々改善しているものです。伝票の綴じ方ひとつから、発注方法やデータの集約方法も工夫の余地がいくらでもあります。会議をいかに短くするかなんて試みもあります。このサイトにアップしているhtmlも、文章を入れるとコードを自動生成できるような仕組みをEXCELで作ってあるのですが、これも事務仕事で培ったノウハウの応用です。アクロバットな伝票仕訳とか、芸術的なマクロのコードとか、事務もマニアックになりがちですが、効率化することの魅力については会社員の楽しさのひとつとしてお伝えしたいところです。僕の祖父は腕のいい指物師だったそうなので、職人気質を少しでも受け継げていたなら良いし、どんな仕事でも発揮できたならと思うのです。概して物語の中で描かれる会社員の父親像は、残業、接待、週末ゴルフで、権威主義のエリート志向、それもこれも子どもの将来を思ってのこと、という典型性で描かれ、自由な生き方を望む子どもの仮想敵となりがちです。こうした父親像も同時代児童文学潮流の中では変遷があるのですが、母親像と比べると、やや大雑把なストックキャラクターになりがちという印象があります。事務でも営業でも企画でも経営でも、どんな会社員にもスピリットや矜持はあるわけで、お父さんの仕事語りなどにも耳を傾けてもらえると良いなと思います。この作品のお父さんも、そうした典型的なキャラクターではあるのですが、物語上の役割をきちっと果たしていて、登場人物としてブレない機能美があったか、というのはメタな感想です。テーマを際立たせるためには、人間を複雑に描きすぎることで生じるノイズをリジェクトする必要もありますが、どんな仕事でも豊かに働きうる可能性があるのだということも共有できると良いなと思っています。