いつか空の下で

さくら小ヒカリ新聞

出 版 社: 汐文社

著     者: 堀直子

発 行 年: 2022年12月

いつか空の下で  紹介と感想>

「平飼い鶏の卵」と銘打って売られている卵があります。通常の卵よりもちょっと高価格なものです。広い場所で放し飼いにされて健やかに育てられた鶏が産んだ卵なのですが、では、通常の卵を産む鶏はどんな環境で育っているのかというと、ケージでのカゴ飼いが主で、鶏は動き回ることも砂浴びもすることできないのです。養鶏場によって環境の差異はあるようですが、飼育コストが上がれば、卵の価格に転嫁されるわけで、良い環境で健康に育った鶏の卵は自ずと高価なものになっていきます。消費者目線では、安い方が良いと思ってしまいがちですが、そこにはコストダウンの引き換えに犠牲にされているものがあります。卵の価格は物価の指標として注目されていますが、経済的なロジックはともかくとして、卵を産む鶏は一体、どんな環境で育てられているのかは、普段、あまり意識していないものです。現在(2023年2月)、鳥インフルエンザが猛威を奮っており、大量の鶏の殺処分の報道をよく耳にします。何でもかんでも検索しがちですが、この「殺処分」については、実は詳しく知ることを避けています。養鶏場の真実についても学ぶべきというのが「食育」かも知れないものの、やや気重になってしまう。本書は、自分のような不甲斐ない大人が避けてしまいがちな、養鶏場の実態を小学四年生の女の子が調べ、どうあるべきかを訴えていくという骨太な物語です。また、ここで、家畜の幸福を考えるアニマルウェルフェアという概念があることを広く知らしめようとします。色々な考え方の人たちがいて、主人公の主張だけが正しいとされないあたり物語にも余白があります。どう鑑賞すべきかでさえ、大いに悩ませられる、なかなか手強い作品です。

飼い犬の散歩の途中で、あすかはニワトリの叫び声を聞きつけます。近づいた養鶏場で見かけたのは、作業員が鶏の羽根を羽交締めにして、二階から地面に叩きつけるショッキングな光景でした。そこでは病気などで卵を産まなくなった鶏の殺処分が行われていたのです。ショベルですくわれ運びさられる鶏の死骸。その場に一羽だけ残された瀕死の鶏を見つけたあすかは、動物病院にその鶏を連れていき治療を受けさせて、ヒカリと名付け自分で飼うことにします。この出来事はあすかの心に大きな疑問を投げかけました。四年生から始まるクラブ活動で、人気の高い新聞クラブに入りたいと思っていた、あすかは、希望者多数のために出された選考の課題をこの題材でチャレンジしてみたいと思い、養鶏場についての調査を始めます。その調査の中で、コストを下げるために鶏が狭いケージの中で身動きできないまま飼われている状況を知り、また食用の動物たちであっても健康で幸福に生きるべきというアニマルウェルフェア(動物福祉)という概念を知ります。実際、鶏をカゴに入れずに放し飼いにする育成法もあります。ただ、コストは増すため、そうして産まれた卵は、場合によっては一個百円の値段にもなってしまうこともあるといいます。殺処分もまた、もっと穏やかな方法がありますが、業者がコストダウンを優先して、残酷な方法が行われていることをあすかは知ります。養鶏場の職員と話をすることで、彼らにもまた苦衷や、仕事の理想があることにあすかは考えさせられます。高くても、もっと理想的な環境で育てられた卵を買うべきと、クラス発表で主張しますが、必ずしも賛同は得られません。あすかは自分の考えを新聞にまとめて、もっと広く、養鶏場の状況を知ってもらおうとします。人間が動物を食用にするという前提において、家畜の幸福とはなんなのか。この難しい命題を実現するために、あすかは考え続けます。

立場によって正解が違う問題について、子どもなりの正義感と理想をもって、妥協せず、真摯に訴える力強い物語です。生産者の立場や消費者の立場など、それぞれを勘案すると、これは複雑になります。動物本位に考えようとしても、人間がその命をいただく前提において、なにを言えば上滑りしないのか。物語はどこに帰結するのだろうかと、読みながら考えさせられたのは、自分も大人として、子どもに何を語るべきか正解がよくわからないからです。クラス発表で賛同を得られず、新聞クラブの選考にも間に合わなかったあすかですが、自分で独自に新聞を作り、ニワトリの飼育環境について広く知ってもらおうと訴えはじめます。あすかが鶏のヒカリから名付けたヒカリ新聞には少なからず注目してもらうことができ、あすかはヒカリ新聞の第二号で、卵を使わない料理の提案を行います。お菓子作りなどに豆乳を使うことで、卵の消費を減らし、鶏の負担を軽減させる。より良い飼育環境を実現すると卵は高価になるため、卵の消費を抑えることを考えつくのです。さらにはこの町の養鶏場から、バタリーケージという鶏を詰め込むカゴの廃止の署名運動も進めていきます。あすかは、動物の命を輝かさせるために、さらにもっと良い記事を書く新聞記者になりたいと心に誓います。「子ども記者」が大人の欺瞞を暴いていく常套の物語のバリエーションとして面白い作品であり、そのテーマの重さも考えさせられます。とはいえ、この問題を解決するソリューションの仮説はもっとあっても良くて、これは養鶏場のビジネスモデル自体の問題でもあるので、まったく別の観点で 大人のサポートがあっても良かったのではないかとも思いました。ベジタリアン化もあるだろうし、ビジネスモデルの変化によって低コストでアニマルウェルフェアを実現できる方法の模索もあるでしょう。大豆などの代用肉への言及もありますが、培養肉という新次元も見えはじめている現代(2023年現在)です。現実的にはコスト構造の問題で、アニマルウェルフェアための国の支援などを訴えることもアリかなと。子どもの信じる正義に水を差さず、それでも短慮に陥らないようにはしてあげたいなと思います。というのは一般論で、児童文学的には、子ども心が社会悪に対して正義感に目覚める高揚など、読みどころが沢山ある作品です。主人公が四年生だと中学年向けになってしまうのですが、中学生が主人公で、もっと多角的な論点に揺れる物語も読みたいテーマだと思いました。