出 版 社: ポプラ社 著 者: マロリー・ブラックマン 翻 訳 者: 冨永星 発 行 年: 2002年12月 |
< うそつき 紹介と感想>
教室の後ろで、いつも新聞を切り刻んでいる女の子、ジェンマ。クラスの誰とも口をきかない変わり者です。祖父母と暮らすために転校してきたマイクは、見目好い少年で、さっそくクラスにも溶け込み、友だちもできたものの、このジェンマから執拗に見つめられ、また妙な態度を取られて困惑します。他の誰とも話をしないのに、どうして自分にだけちょっかいを出してくるのか。そんな彼女が、そっとマイクの母親の名前を口にしたことで、マイクは動揺します。自分の秘密をジェンマが知っていることにマイクは気づいたのです。マイクの母親は今、刑務所に収監されています。マイクの父親を殺した罪を償うためです。失業して以来、モラハラが酷くなる一方であった父親の暴挙に耐えかねた家族。暴れる父親に抵抗した際に、転んだ父親は頭の打ちどころが悪く亡くなってしまいました。母親は殺人罪として起訴され、祖父母と暮らすことになったマイクは、転校先の学校でその事情を伏せていました。しかし、ジェンマはその事実をチラつかせ、マイクを脅迫してくるのです。クラスの皆が誘われている、同級生のロビンが催すパーティーにも参加するなと言われたり、50ポンドもするセーターを手に入れてこいなどと、要求は次第にエスカレートしていきます。従わなければ、秘密をバラされてしまう。ジェンマの悪らつさに抵抗することができないマイクは、自由になるお金もなく、お店からセーターを盗みだすことを決意します。そして、案の定、万引き犯として捕まって、クラスで居場所を失っていくのです。そんなマイクの姿を見つめる、憎っくきジェンマ。一体、どうして彼女はこんなひどいことをマイクにするのでしょうか。
物語には、最初からジェンマからの視点が並走しています。二人の物語がそれぞれ描かれているため、読者はジェンマ側の胸中も知っています。母親がおらず、父親と兄がいつもいがみ合う家庭で育ったジェンマ。クラスには友だちがいないどころか、誰からも話しかけられることもなく無視されています。あらかじめ傷ついた子であるジェンマの唯一の慰めは、タブロイド紙の記事をスクラップすること。集めているのは「母親」です。悲しい事件や心温まるエピソードなど、色々な「母親」に関する記事を集めてしまうのは、自分には母親がいないことを埋めようとしているから。母親がいないことが、クラスからも家族からも相手にされない自分の、欠けた部分の理由のような気がしていたのです。転校生のマイクの名前とその見た目から、以前に新聞記事で見た、あの母子を思い出したジェンマは、図書館で事件を詳細に調べていきます。父親を失い母親とも引き離されたマイクに話しかけて、親しくなりたいと思うものの、マイクは次第にクラスの人気者になっていきます。友だちもおらず、クラスで唯一、パーティーにも誘われず惨めな思いをしている自分と引き比べて、マイクへの愛憎半ばした気持ちを持て余し、無理難題を押しつけるジェンマ。やがて万引の罪を問われ、クラスでの居場所を失っていくマイクを、ジェンマはどんな思いで見つめていたのか。自分のやったことを後悔する彼女は、その時、クラスでどうふるまったのか。事件の当事者である二人のそれぞれの視点が映し出す物語がどんな結末をもたらすのか、見どころです。
素直になれないジェンマと、人に強い警戒心を抱いているマイク。二人とも他人との心の距離を図りかねています。当初、マイクが父親の両親である祖父母のことを信用していなかったのは、自分の母親を守りたかったからです。きっと祖父母は母親のことを憎んでいるはずという、その疑心が彼の目を曇らせていました。ジェンマもいさかいを続ける父と兄の間で、関心を寄せてもらえないまま育ち、意固地になっています。人とコミュニケーションをとる手段が、憎まれ口を叩くことしかないというジェンマ。寂しがり屋で、人と親しくしたいのに、その方法がわからないのです。マイクにとってジェンマは、クラスの鼻つまみ者で、自分を脅迫するイヤなヤツなのですが、読者は彼女の胸中を知っているため、そうは思えません。頑なだった二人の気持ちは、真摯に話をすることで、少しずつ解けていきます。物語の終わりに、ジェンマとマイクが今までの自分自身をこえて新しい場所にたどり着くことを歓べるのも、二人を愛おしく思えてしまうからです。この物語、根っから悪い人は登場しないのですが、人を信じられず警戒する気持ちが、世界を無情で狭いものに感じさせてしまうことを見せてくれます。共感を人との間に育てることは、屈折してしまった人間には難題です。この気持ちに覚えのある方は、いたわしく、切ない気持ちになる物語だと思います。自分も中学生の時に、執拗にからかわれたり、突っかかってくる同級生に手を焼いたことがあります。その子に複雑な家庭の事情があることも、やんわりとは知ってはいたのですが、自分もまた複雑な事情を抱えていて、鷹揚な気持ちには一切なりませんでした。人のいびつな態度の背景にあるものに思いを馳せることは、リアルタイムの子ども時代には難しいものです。そんな一抹の後悔とともに、どうにも穏やかではいられない物語です。