出 版 社: 評論社 著 者: ピート・ハウトマン 翻 訳 者: こだまともこ 発 行 年: 2021年01月 |
< きみのいた森で 紹介と感想>
エドガー・アラン・ポー賞の受賞作や候補作を翻訳刊行する「海外ミステリーBOX」の一冊です。このレーベル、振り幅が広くて、ファンタジーやSF的な作品も広義のミステリーとして紹介されています。ポーの作品世界の広さを思えば、当然かも知れませんが、読者としては心構えが出来ておらず、意外な展開に驚かされることがあります。本書も、人が消えて、行方不明になることが発端になっていますが、現実的な失踪事件がトリッキーに語られているのか、超常的な現象なのか途中まで全く分からず、中盤からの怒涛の展開に驚かされます。「グレッグ・イーガン」と名乗る人物が登場します。物語の中でしばしば意味ありげに現れる思わせぶりな人物ですが、あの著名なSF作家と同姓同名です。この名前は意図されたものなのか、と思ってしまうのは、グレッグ・イーガンの作品世界(自分はわりとファンなので)が持つワンダーなセンスに、この物語がどこか通じるところがあるからです。量子物理学についても少し触れられているのですが、SFのようには、不思議な現象が科学的な合理性によっては説明されません。ミステリアスな過去の事件から始まり、ファンタジックな現象が起き、最終的にはパラレルワールドSFとして解決される物語ではあるものの、二つの家族の因縁が解けて友愛によって結ばれる幸福な帰結こそが魅力です。主人公の少年少女の九歳から十三歳までの心の軌跡もYA作品としての見どころがあり、同レーベルのこれまでの作品同様に、広義のミステリー×YAの魅力に溢れた一冊となっています。実に面白い。
もうすぐ九歳になる少年、スチューイがエリー・ローズと出会ったのは、エリーの両親の家で行われたバーベキューパーティーに招かれた時でした。エリーは、スチューイも自分と同じく、明日、九歳の誕生日を迎えることを知り、二人は大親友になるべきだと提案します。二人の親は共に『ウエストデールの森を守る会』の会員として、ショッピングモールの建設に反対し、オークの木が茂る豊かな森を守ろうとしていました。そんな縁で親しくなったものの、エリーの母方の曽祖父とスチューイの曾祖父が過去に因縁があったことがやがてわかります。禁酒法の時代、酒の密売で財をなしたスチューイの曽祖父は、カタギとなりゴルフ場の経営者となっていましたが、地方検事であるエリーの曾祖父に執拗に犯罪者として追及されていました。敵対する二人が揃ってウエストデールの森近くで失踪し行方不明になったという事件は未解決のまま今に至っています。とはいえ、曽祖父同士がかつて仇敵だったことなど、二人にとっては何ら問題ではないはずです。相変わらず一緒にウエストデールの森を遊び場にしていた二人でしたが、スチューイがエリーに自分たちの曾祖父同士の因縁について話をした途端、「二つの事件」が同時に発生します。ひとつはスチューイの目の前からエリーが突然、消えてしまうという事件です。行方不明になったエリーは、懸命な捜索にも関わらず発見されません。しかし、一週間後、スチューイはこの森でエリーと再会することができたのです。他の人には見えないエリーをスチューイには見ることができる。そして、エリーから聞かされたのは、エリーの側ではスチューイが消えたことになっているという「もうひとつの事件」のあらましでした。互いに、互いが行方不明になった世界に生きていることがわかったスチューイとエリー。その真実を大人に訴えたところでカウンセリングを受けさせられるだけで、誰にも信じてもらえません。何も解決しないまま、やがてお互いの姿は次第に見えなくなっていき、二人はそれぞれの世界で生きていくことになります。時間の経過と共に二人の世界は違う進展を遂げて行きます。スチューイの世界では森が切り開かれ、ショッピングセンターの建設が進みます。かつてエリーがローズ城と呼んでいた石場も姿を変えていきます。会うことができなくなった二人は、互いが無事に別の世界で生きていることを、次第に夢か幻だったかのように考えるようになっていきます。さて、この奇妙な物語は一体どこに向かって進んで行くのか。目が離せない展開は続きます。
目の前にある現実が唯一無二の真実ではなく、いくつもの可能性があることを感じさせてくれる物語です。過去の封印が解けることで、現在や未来が変わっていく。象徴的な意味合いだけではない、ドラマティックな変化が訪れるあたりが鮮やかです。曽祖父たちの事件の真相を知るスチューイの祖父が遺した言葉が、この物語世界の真理を暗示しています。『現実とは、わたしたちが共に見ている夢にすぎないのか?わたしの物語を分かちあうことで、現実は変わるのだろうか?』。祖父が書き残したノートを手にしたスチューイは行方不明の曽祖父たちの真実を知り、やがてその「真実」の力によって二つに分岐した世界を修復していきます。この超現実的で奇想天外な物語の飛躍を納得させてしまうのは、描き込まれたディテールの妙であり、スチューイの祖父の意味ありげな言葉や不思議な現象や、それこそグレッグ・イーガン氏のような人物が、メタファーとして散りばめられているからだろうと思います。また、九歳から十三歳という思春期にさしかかる直前の少年少女の心映えや、互いを案じる気持ちなどYA作品としての清新な魅力にも溢れています。さて、自分がいなくなったことで、世界はどう変わっていくのか。そんな仮定の世界を少年少女が知るあたりもロマンですね(けっこうリスキーですが)。過去のある時点が変わったために、もうひとつの未来が動き出す。これがタイムファンタジーではなく、パラレルワールド物となると分岐した世界が並列して存在してしまうわけですが、物語としての解決策にも注目です。恩讐を越えていく二つの家族の姿と、少年少女のここからの未来への期待など、さわやかな読後感が残る物語です。