削除ボーイズ0326

出 版 社: ポプラ社

著     者: 方波見大志

発 行 年: 2006年10月

削除ボーイズ0326  紹介と感想>

デジタルカメラのような形をした「時間削除装置」。対象者をファインダーの中心にロックオンして写し撮り、時刻を合わせて本体の削除ボタンを押す。すると、セットした特定の時刻から5分間だけ対象者に起きた出来事を消去することができる。時間さえ特定できれば、過去のどの時点でも実行可能。ただし、削除ボタンは対象者が押さなければならないし、対象者が既に死亡している場合、有効に作用しない。簡単にいえば、特定の過去を「なかったこと」にできる。こんな代物が小学生の手に渡ったらどうなってしまうのか。一通のメールを送ることで人生が変わることもあります。しかし、その送信ボタンを押したという事実を消してしまったら一体どうなるのか。送られなかったメールはなにも引き起こさない。いや、メールを送らなかったなりの人生が待っているのか。どちらが幸福だったのかは、わかるはずもないことです。過去の人生の分岐点を消してしまえば、未来は別の方向に流れ出す。さて、この蟲惑的な装置はどのように世界を作り変えていくのでしょうか。願いごとを叶える魔法のように、人智を超えた力を人間が手にした時、そこにはいつも「代償」が必要とされます。さあ、物語の扉をあけましょう。児童文学&時間モノSFの魅力がつまった異色の小説です。第一回ポプラ社小説大賞受賞作。

小学六年生の男子、グッチの心に影を落としているのは引きこもりになってしまった兄のこと。そして、その要因となったグッチの同級生ハルのことです。以前はクラスのちょっとした暴君的リーダーだったハルは、今では親友のグッチ以外には心を開かない少年になっていました。俊足で活発だった少年の明るさを奪ったのは、ある事件にまつわる事故です。その事故で両足の神経が麻痺して、一生、車椅子の生活を強いられることになったハル。そして、この事故に関与していた兄もまた外に出ることを止めてしまいました。クラスの中心人物を降りてしまったハルの動向によって、教室には新しい勢力分布図が描かれるようになります。なかなか小学校の教室のポジションどりも難しいところなのです。女子の目を気にする男子たちとしても、なんとか人気ランクの高い女の子に関心をもってもらいたい。そこに社長の息子であることを鼻にかけた種村が台頭します。ハルと一緒にすっかり教室の端っこにいるようになったグッチには、種村にも、ハルに対しての態度を変えた他のクラスメートたちにも鼻持ちならない気持ちがしていました。そんなある日、偶然、クラスで浮き上がっている寡黙な女子、浮石が、街で高校生に絡まれているところに立会い、いきがかり上、助けることになったグッチとハルは、その光景を見ていた謎の人物から「デジカメのような装置」を貰い受けることとなります。この装置こそが「KMD」。特定の個人の過去の出来事を一定時間だけ削除できる機械だったのです。 色々な事件が起きます。面白いのは、今風(2006年当時)の小学生の日常です。ブログで日記を書いたり、ネットコミュニケーションも活発であったり。一方で女子と男子の関係や、男子同士のライバル意識やクラス内での微妙なパワーバランスによる個人のポジションどりなどは昔ながらだったりします。クラスの隅っこの少数派となったハルたちのグループ。ハル、グッチ、コタケ、そして、何故か仲間に入ることになった、おとなしいのに悪いウワサもある少女、浮石。かつての威勢を失われたハルは、以前はふざけ半分にからかうことしかしなかった浮石に対しても、優しく接することができるようになっていました。物語は、小学六年生の微妙な人間関係と心模様と、ハルが事故に巻き込まれることになった事件の謎解きと、そして「削除装置」の効用を見極めようとする少年たちの探求を織り交ぜて進んでいきます。そして、事件は、引きこもっていたはずのグッチ兄の突然の行動で急展開を迎えます。

削除できる時間はマニュアルによると5分間。ところが、ちょっとしたアクシデントで故障したのか、いつの間にか3分26秒になり、使うごとに、削除時間は短くなっていくようです。しかも、事実は消えても当事者にはかすかな「記憶」が残ってしまい、消せば消すほど、多重の記憶に悩まされるようになります。時間モノに必須のタイムパラドックスもまた、ここに登場し、面白い解決策を見せてくれます。触れてはいけない神の領域に触れることになってしまった少年たちは、混乱したすべてを収拾するために最後の手段をとります。しかし、この方法が最善の策なのか、読み終えた後に、大きな疑問が残るのです。作中の「小学生なりの結論」としての信憑性はあるのですが、あまりにも代償が大きすぎる。悲痛ですらある。そうした意味では、大いなる余韻を与えてくれる作品です。最後まで読み終わって、もはやおぼろげな記憶となっているはずのプロローグを、おそらく、すべての読者が再確認したのではないかと思います。そして、最初に読んだときには何も感じなかったであろう、その文章の真意に打たれるはずです。さて、浮石というクラスから浮いている地味な少女がとても魅力的です。この事件を通じて彼女と親しくなったグッチ。それまで、いてもいなくてもどうでもいいように思っていた彼女を、ちゃんと見つめられるようになります。彼女もまた、事件を通じて、グッチの痛みを知り、かたくなだった心を近づけていくのです。小学生の淡い恋愛感情はささやかなものですが、それゆえにいとおしく感じさせるものがあります。人生の色々な分岐点で、ある道を選んだがために、生まれた思いもあれば、消えていった思いもあります。無限にある可能性の中で自分が選んできた道がベストであったかどうかはわかないけれど、現実にはとりかえしがつかないがゆえに、その時、その時のささやかな感慨も、大切なものと思うべきものなのかも知れません。