ななこ姉ちゃん

出 版 社: 学研プラス

著     者: 宮崎貞夫

発 行 年: 2016年03月

ななこ姉ちゃん 紹介と感想>

この物語は現在進行形で、まだ、この先の未来はどうなるかわからないのですが、どこか郷愁を感じさせる、過去の出来事のような趣きがあります。実は基点は未来にあって、その未来は決して幸福な状況ではないような気もするのです。主人公の小学六年生の少年、翔太より六歳年上で、かつて近所に住んでいて、久しぶりに地元に帰ってきた「ななこ姉ちゃん」との交流を描いた数日間の物語は、ひそかな危うさに溢れていて、どうも嫌な予感がするのです。それというのも、ななこ姉ちゃんが不幸を呼び寄せてしまう「薄幸体質」の人だからで、この先が不安でならないのです。散りばめられたこまかいフラグがもたらす予感から、翔太がななこ姉ちゃんに心配を募らせていく物語の巧みさ。彼が一途に、ななこ姉ちゃんに幸せになって欲しいと願っているだけに、この不吉さが恐ろしく、また愛おしさを覚えるところなのです。ななこ姉ちゃんは、ほっておけない人です。一本気で意地を張りがちだし、大人に食ってかかる負けん気も強いし、行動力もある。マズイことを「やらかしてしまう」ような迂闊さもあって、目が離せません。社会的に弱い立場に置かれていて、やもすると悲観しがちだし、愛情を希求する気持ちも強く、「悪い男」にハマりそうな兆しがあり、実際、物語にもそんな男の影が見え始めているのが心配なところです。少年はまだ無力で、大好きな、ななこ姉ちゃんにしてあげられることも多くはないのです。現在進行形でありながら、思い出の中で輝いている失われた大切な人の記憶のような、そんな味わい深い物語です。第23回小川未明賞受賞作。

翔太が、ななこ姉ちゃんと出会ったのは小学一年生の時です。自転車に乗っていて偶然、衝突した二人でしたが、話をするうちにお互いの寂しい境遇がわかっていきます。この時、中学一年生だった、ななこ姉ちゃんは、三年前に仕事中の事故でお父さんを亡くしており、お母さんも家を出ていってしまい、お父さんの会社の社宅に一人で住んでいました。お母さんが送金してくれる貯金通帳を、いつも肌身離さず持っているのは、用心深いだけではなく、お母さんとつながっていたいという思いからだったのでしょう。翔太もまた、三歳の時に母親を亡くし、遠くの工事現場で働いている父親と離れて、おばあさんと二人で暮らしていました。翔太は同じように母親のいない友人のトンビと一緒に、ななこ姉ちゃんに自転車の乗り方を教えてもらったり、姉ちゃんの住む社宅に遊びに行くようになります。明るく優しかった、ななこ姉ちゃんが、ふさぎこむようになったのは中学三年生になってからです。何も連絡のないまま、お母さんから送金がこなくなった、ななこ姉ちゃんは不安と心細さに苛まれていきます。取り壊す予定の社宅からの立ち退きも要求され、困窮した、ななこ姉ちゃんは、学校もさぼりがちになり、ついにはコンビニで食品を万引きして警察に捕まります。そのことで家庭事情が明らかになり救済措置も講じられるようになるのですが、悪い評判も引き寄せてしまいます。翔太とトンビは、なんとかサポートしようとしますが、ななこ姉ちゃんは、やがて中学を卒業して、大阪の小さな美容院で住み込みで働くことになり、この町から出ていってしまいます。物語は、その三年後、突然、この町に、ななこ姉ちゃんが帰ってきたことから始まります。地元の「太鼓祭り」でお父さんが好きだった太鼓台を担ぎたいからとやってきたのです。久しぶりに、ななこ姉ちゃんと再会できたことを喜ぶ翔太とトンビでしたが、地元の人たちは、ななこ姉ちゃんに冷たく、思うように祭りにも参加できません。暴走しがちな、ななこ姉ちゃんを翔太とトンビは見守りながら、この束の間の再会の時間を、なんとか楽しいものにしようとします。少年たちの、ななこ姉ちゃんに寄せる気持ちの尊さが胸に沁みますが、ななこ姉ちゃんの危なっかしさが、やはりどうも気になるのです。

親がいない寂しさ。ななこ姉ちゃんと翔太たちの共鳴する気持ちが、お互いを結びつけていきます。少年たちにとっては、母親のような、姉のような存在であり、甘えていたいと思う同時に、ななこ姉ちゃんに喜んでもらえるようにと懸命な努力をする姿が労しいのです。トンビがお姉ちゃんに髪の毛を切ってもらいたくて髪を伸ばすあたりもいいし、母親がいなくて不潔にしがちな少年たちが姉ちゃんに洗われたりするエピソードもなんだか良いんですね。そんな蜜月の思い出が、また胸に痛く感じられます。大阪から帰ってきた、ななこ姉ちゃんと少年たちの関係性はすこし変わっていきます。ななこ姉ちゃんが大人びたのと同じように、少年たちもまた六年生となり、それなりに成長しているのです。時に翔太が姉ちゃんを諌めたり、なだめすかすこともあります。姉ちゃんは大阪で住み込みで小さな美容室で下働きをしながら、定時制の学校に通い、通信教育で美容師の資格を取ろうとしていますが、専門学校に通っている子たちと比べると圧倒的に不利で、まだまだ苦労は続きそうです。福祉美容師の資格もとって、この町で訪問美容師になろうという将来の夢を語りますが、姉ちゃんへの風当たりを思うと、やや不安を感じます。翔太は姉ちゃんから充電のために預かった携帯電話にかかってきた、乱暴そうな男からの電話や、姉ちゃんの不審な行動が気にかかっています。翔太が、ななこ姉ちゃんを守ってあげられるようになるのは、何年も先のことでしょう。少年が無力ながら、大切な人に精一杯寄せる想いと、色々な意味で、遠くに行ってしまいそうな、ななこ姉ちゃんとの距離感が絶妙な物語です。良い場面がたくさんあります。岡本順さんの素晴らしい挿絵が、児童文学的世界観を拡げる効果にもあらためて注目です。