ひかりのあめ

Wasteland.

出 版 社: 主婦の友社

著     者: フランチェスカ・リア・ブロック

翻 訳 者: 田中亜希子

発 行 年: 2004年10月


ひかりのあめ  紹介と感想 >
とても印象に残る場面や感覚が沢山、散りばめられていながら、一度読んだだけでは、まとまった物語として頭に残らない。複雑な構成と韻文的な文章が織り成す不思議な作品です。読みながら、これは一体、誰の主観なのだろうかとページを遡ったり、最後まで読んで、もう一度、おさらいをしてみなければならない物語でした。深いつながりをもった兄妹の恋愛にも似た関係。妹には、理由のわからない兄の自殺。妹の絶望的な回想など、そうした、一連のなりゆきにまつわる「思惟」が言葉がとして残されているものの、それをトレースしても、一体、何がこの兄妹に起こっていたのか、おぼろげにしかわからず、それでいて、思いの丈の煮詰まった部分と、深い悲しみだけは深く心に残る余韻を孕んだ作品です。紹介もまた難しい・・・。

マリーナとレックスの兄妹。マリーナはレックスを「あなた」と呼び、レックスはマリーナを「おまえ」と呼ぶ。互いの独白の中で呼びあらわされる名前は、あなた、と、おまえ。親密な二人の関係は、兄姉の詩的で印象的な独白のなかに込められています。あのときのあなたのことを思い出して・・・レックスという名前ではなく、「あなた」という呼称で語られる兄の記憶は、一篇の詩のような響きを持っています。そして、まるで、恋人に呼びかけるような温かさがある。『あたしが後ずさると、あなたの目は悲しそうになって、それからやさしくなった』。まるで愛しい恋人のしぐさを描写するかのように、綴られる言葉。この兄妹の切ないような、やるせないような関係が言葉のはしばしから感じ取られる。兄妹の育まれた愛情。そして、兄、レックスの、妹に寄せていく気持ちを切り離そうとする、死にいたる焦燥。マリーナは、レックスの死後、その理由を求めて、兄の足跡を辿っていく。たどりついたところにあったのは、意外な、兄妹の隠された秘密。しかし、それがわかったところで、一体、何になるというのか・・・。詩的な文章に飾られた一編の悲劇。しかし、美しく印象に刻まれる文章です。

最初から、もう一度たどってみれば、物語は、意外にもシンプルであり、韻文的な修辞の飾りこそが、この不思議な雰囲気を持つ物語を彩っているのだと感じます。『おまえ、それはあたし。あなたはあたしをおまえと呼んで、あたしはあなたをあなたと呼んだ。それがお互いの名前。あなたが死んだとき、あたしも死んだ。だからもう、どうだっていい』。自分をあらわす呼称が、それを発する人がいなくなったとき、自分自身が消えてしまうような喪失感を味わう。あなた、や、おまえ、という相手に呼びかける言葉のもつ力が、胸に深く染み入ってきます。相手の心のドアをノックする言葉。愛することは、呼びかけることなのだな、と、大切なことを思い出させてくれるのです。”

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