ジャッコ・グリーンの伝説

The stones are hatching.

出 版 社: 偕成社 

著     者: ジェラルディン・マコックラン

翻 訳 者: 金原瑞人

発 行 年: 2004年11月


ジャッコ・グリーンの伝説  紹介と感想 >
畠中恵さんの『しゃばけ』他、人気の若旦那シリーズは日本古来の妖怪変化がごく普通に闊歩する作品ですが、不思議と違和感がないのは、登場するのが日本の土壌が培った伝承の妖たちだからかも知れません。さすがに、江戸時代を舞台に、エルフやノームを登場させるわけにはいかない。舞台を現代としても、伊藤遊さんの『つくも神』のような和風の物の怪の物語になるのは自然かな、と思います。それぞれの国のファンタジーは、伝承をベースにしているがゆえに、説得力のある物語が描けるものかも知れません。ボルヘスの『幻獣辞典』には、ファンタジー世界の「想像上の動物」が列記されていますが、一個人作家の想像の産物よりも、民間伝承の中から生まれた共同幻想こそ文化遺産ではないかという気がします(クトゥルフ神話のような例もありますが)。ファンタジーを創る上では、幻獣の系譜をごちゃ混ぜにして使うことは、おそらく禁じ手であろうし、ボームの魔法の国「オズ」のような、「借景」を使わずに統一したファンタジー世界を新設したことが斬新と言われたというのも納得できる話です。本書のように、語り継がれてきた、もはや忘れられつつある妖たちを蘇らせ、息を吹き込んでくれる作品も興味深いものです。本書の献辞には『この本に登場する妖怪、怪物、伝説、魔法はすべて、つい最近まで本当に存在すると思われていました』とあります。自分が寡聞であったせいもありますが、ここに登場するヨーロッパ伝承の幻妖の者たちは、実に新鮮で驚きに満ちていました。ライトなファンタジーではない、熱く、猛々しくも、土着的なパワーにみち溢れた冒険の物語です。なんだか不思議と血がたぎるのです。

両親のいない、姉と二人暮しのフェイリムは、いつも年かさの姉にボロボロになじられ、馬鹿にされながら暮らしていました。気弱な少年。この二十世紀の世界に魔法なんてありっこないと姉さんは言うけれど、フェイリムは、不思議な世界に興味を持っていました。そんなある日、彼の前に油まみれの小人がオーブンの裏から現れ、宣告します。『やるのはおまえだ。わしらを救えるのは、おまえひとりなのだ。ジャッコ・グリーン!』。森を守る森の精の名前で呼ばれたフェイリム。『「生まれくるもの」から世界を守るために、ワームの目覚めを阻止する使命を果たせ』。あまりに唐突な言葉にわけがわからないまま、世界を救うため旅だつことになるのです。「生まれくるもの」とは一体、何か。それは、ブラック・ドック、ボゲードン、ドラク、ウシュタ、ナックラビー、メロー、いずれも伝承の怪物たち。ワーム(海の怪物。ドラゴンの一種だが翼はない)の目覚めを阻止しろと言われても、一体、どうすればいいのか。逃げまどいスウィーニー森を抜けようとしたとき、フェイリムは、マッド・スウィーニーと名乗る、木々の間を飛び回る不思議な男に呼び止められ、協力の申し出を受けます。ジャッコ・グリーンとして「旅の仲間」を集めて、ワームとの闘いに挑まなければならないことは必定のよう。やがて、影のない少女アレクシア、馬のような怪物オビー・オースと出会い、一行は闘いの場所へと導かれていきます。いまひとつ、ついていけないのがフェイリム。「なぜに、ぼくがジャッコ・グリーンなのか?」という根本的な問題が解決していない。とはいえ、洗ったシャツの持ち主の死を予告するという伝説の「水辺の洗濯女」が自分のシャツを洗っているのを見るに及び、いやおうなく、この運命を受け入れざるをえなくなるのです。襲いかかる「生れくるもの」たち、そして、勇者の心をくじかせようという甘言や誘惑。果たして、フェイリムは、ジャッコ・グリーンとして、世界を救うことができるのでしょうか。

伝承の妖たちのあまりに血なまぐささやパワーに圧倒されます。マサカリのような斧を携えた老女、真昼のひねり屋という髪の長い女性、凶暴なだけではなく、心の底から恐怖をいだかせる「生まれくるもの」たち。もとはと言えば人々の心が生み出した「恐怖の象徴」だからでしょう。<愚者>マッド・スウィーニーは、「知恵」と「狂気」を同時に持っている人物。「正気」に戻るための鍵を探しています。彼が人間から、物の怪になってしまったのは、戦場であまりの恐怖を体験してしまったからです。<乙女>のアレクシアが影をなくしたのも、やはり人間の心の浅ましさによるもの。二人の背負った深い悲しみを知ったフェイリム。仲間たちの協力があるとはいえ、姉に罵倒されつづけてきた自信のない少年が、救世主としての自覚がないままに、ワームとの戦いに勝つことができるのか。ワームを二千年の眠りから目覚めさせてしまったのは、人間の戦争の銃撃と爆音。弱さを抱え、常に善であることのできない、人間としての業を抱えながら、フェイリムは、ジャック・グリーンとして最終決戦に挑みます。伝承の持つ、深く濃い幻想の世界と、人間の心の闇が交錯する、実に魅力的な冒険物語。お勧めします。

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