出 版 社: 評論社 著 者: ローズマリー・サトクリフ 翻 訳 者: 乾侑美子 発 行 年: 2010年08月 |
< ほこりまみれの兄弟 紹介と感想 >
「ほこりまみれの兄弟」と言っても、ほこりにまみれて暮らしている汚れた兄弟が登場、という話ではなく、「よお、兄弟」という感じで声をかけてくれる、そんな親しみを込めて呼びかけるスピリットに溢れる物語です。寂しい時、心細い時に、ちょっと粗野だけれど、そんなふうに声をかけてくれる人がいたら、やはり嬉しいものですよね。胸がちょっと温かくなるような友愛があふれる、読んでいるだけで心地良い作品です。「ですます」調で語られる優しく話しかけるような翻訳文体も物語に合っていて、なんだかほっとします。それでも物語のスタートはややハードでした。両親を亡くした孤児の少年ヒースが、親戚の家に引き取られるものの、意地悪なオバさんに酷い目にばかりあわされているところから始まります。可愛がっている犬を処分してしまおうとするオバさんから逃れるため、ヒースは犬を連れ、一鉢の植木鉢を持って旅立ちます。目指すは学問の都オックスフォード。ここで学んだお父さんのように、いつか自分も勉強ができるようになりたい。とはいえ、ツテもアテない旅。幸運なことに、旅の途中でヒースは旅芸人の一座に会い仲間に加えてもらえることになります。歴史物で知られるサトクリフの初期作品。イギリスの十六世紀の風俗や庶民の生活を豊かに描き出し、その中で健やかに成長する少年の清々しい作品でした。
「ほこりまみれの足の兄弟」とヒースに声をかけてくれた旅芸人たちは、皆、気のいい連中でした。ほこりまみれの足、とは、住む家を持たず、旅から旅で暮らす人々のことを言うのだそうです。普通の人たちから見れば、ちょっと蔑まれてしまうような人たちのこと。ヒースもまた、彼らの仲間となり一緒に旅をしていきます。時には厳しく演技指導をされることもありますが、ヒースのことも、犬のことも、植木鉢のこだって、彼らは大切に思ってくれます。ヒースはそんな温かい仲間たちに囲まれて、一座の旅芝居で娘役を演じながら成長していきます。旅公演を続ける一座は色々な出来事に遭遇します。時々起る、不思議な出来事。実は妖精かも知れない、と思わせるような変わった人たちとの出会いがあったり、大盤振る舞いで一座を歓迎してくれる人もいたり。一座の演目は聖人の奇跡を扱ったものばかりですが、誰もが知っている物語はいずれの町でも受けが良く、一座は楽しく旅まわりを続けます。ところが、ヒースに決断をしなければならない日がやってきます。それは、ヒースにとっては大きなチャンスでもあるけれど、一座との別離も意味していました。果たしてヒースはどんな選択をするのでしょうか。ともかくグッとくること請け合いの物語です。
芸人や旅芝居の一座で、少年が成長していく物語には良作が多いですね。グローブ座に入り込んだ少年の物語『シェイクスピアを盗め』や、同じくシェイクスピアと現代の少年が出会うタイムファンタジー『影の王』。芸人になる『クリスピン』、孤児や徒弟や小作人の子など、辛い生活を送ってきた子どもが、自分の居場所を、舞台に見つけていく物語は、わくわくさせられます。近年だと『曲芸師ハリドン』や、古い作品なのですが一昨年、初翻訳刊行された『ジュゼッペとマリア』にもこうした要素がありました。旅芝居の一座モノだと、児童文学ではありませんが、ゴーティエの『キャピテン・フラカス』という作品が大好きでした。零落した貴族が旅一座に加わって大活躍する物語。「役者になろうなんて思っていなかった」主人公が、やんやの喝采を受けて、喜びに満たされていく物語は、なんだかいつも胸が熱くなるのです。演劇は街頭や劇場といった空間と、そこにいる観客、演者を巻きこんで成立するもの。あの場所の興奮を読書でトレースしながら、主人公の胸の高鳴りを共に感じることができるのは良いですね。