出 版 社: 白水社 著 者: ゲアリー・ブラックウッド 翻 訳 者: 安達まみ 発 行 年: 2001年01月 |
< シェイクスピアを盗め! 紹介と感想 >
孤児院で育ったウィッジは、かあさんもとうさんも知らない。七歳の時、ブライト博士にもらわれていったものの、暖かい家庭が待っていたわけではなくて、それが博士の弟子として生活のはじまり。つまり、徒弟というわけ。博士の開発した速記術を覚えこまされて、それを悪用するために使わされたり、まあ、居心地の良くない日々。自分の寒々としたちっぽけな人生は、どうすれば変わるんだろうと思いながら、でも外の世界も恐ろしいし、どこにも行く場所はない。このまま小さな悪の手先として終わる人生かな、と思っていたところ、ウィッジが十四歳になったある日、転機が訪れます。黒いマントを着た傍若無人の恐ろしい男が、速記術の使えるウィッジを、博士から十ポンドの金貨で買いとるのです。この男、フォルコナーに連れられ、新しい主人にひきあわされたウィッジは奇妙な「指令」を受けます。これからお前はロンドンに行き『デンマークの王子ハムレットの悲劇』という芝居を観に行くんだ。そして、速記術で芝居を書き取る。あの宮内大臣一座の高名な座付作家シェイクスピア、その作品を「盗む」のだ。恐ろしい男、フォルコナーに脅されながら、ウィッジは任務を遂行しようとします。時はエリザベス朝時代、ところはロンドン。宮内大臣一座に潜りこんだヴィッジは、果たして「シェイクスピアを盗む」ことができるのでしょうか。
と、いきなり作品の冒頭部分をまとめてみましたが、清々しい少年物語で、とても楽しい作品です。一座に潜りこんだヴィッジは多くの出会いを経験します。少年俳優のサンダー、ジュリアン、ヴィッジをいじめる傲慢なニック、そして座付作家の「シェイクスピアさん」。一座の人たちと生活をしながら、これまで持つことがなかった「家族」に、ヴィッジはとまどいます。自分を気づかってくれる人たちを裏切らなくてはならないのは、本当に辛い。罪悪感が重くのしかかる。台本を手に入れる機会をうかがいながらも、舞台の楽しさに目ざめたヴィッジは、やがて少年俳優としてハムレットのオフィーリアを演じることとなります(この時代は「女優」が認められておらず、少年俳優が女性の役を演じているのです)。その胸の高鳴り、みんなから認めてもらえた嬉しさ。しかし、あの恐ろしい男フォルコナーは、なんとしても台本を盗みだそうと画策しているのです。さて、どうするヴィッジ。孤独だった少年が、人々の心に触れながら成長し、目覚めていく過程が温かく描かれています。『正直、信頼、忠実、友情』といった美徳が、時代背景の中で美しく語られる。胸踊る冒険、劇場の興奮、少年の心の驚きが一杯詰まった一冊。子どもから大人まで一緒に楽しめる、まさにそんな感じです。
随分とシェイクスピアを読んでいません。有名どころは一通り押さえたものの、未読の作品も沢山あり、お楽しみにしたまま、忘れていた感じです。戯曲を頭の中で「劇にする」には相応のエネルギーが必要なので、なかなか手が出しにくいのかもしれません。僕のシェイクスピア作品への興味は、中学生の頃に読んだラム姉弟の『シェイクスピア物語』からでした。ラム姉弟は、お姉さんが精神の病気で、発作の最中に、自分のお母さんを殺害してしまったという、衝撃的な話を知ったのは後になってからですが、そうした辛いできごとを踏まえて、シェイクスピアのエッセンスを、わかりやすく子どもたちに読ませようとした、優しく支えあっていたという姉弟の心を思うと、かなり感じいるところがあります。当時は、面白い筋立てやセリフにただ感心していただけですが、後年、演劇学を学ぶようになると、いちいち考えこんで、素直に楽しめなくなってしまいました。シェイクスピアの戯曲は孤高の芸術として文学研究のために書かれたわけではなく、あのエリザベス朝時代、劇場の熱気の中で、当時の観客たちに歓迎されるよう書かれたもの。化石から恐竜を想像するように、戯曲からあの時代の劇場で、どんな感動が創りだされたのか想像しながら読むのが楽しかったりするのだろうな、と思います。この『シェイクスピアを盗め!』は、シェイクスピア戯曲が創り出された時代の雰囲気を活き活きと描き出します。ちょっとシェイクスピアの読み方が変わるかも知れません。所謂、シェイクスピア作品というのは、純粋なシェイクスピアの創作、だけでもなく、同時代の民間伝承や「有名なお話」から材をとったものも多いのですが、やはり心躍る物語の「典型性」を沢山見せてくれるものです。