ソノリティ

はじまりのうた

出 版 社: KADOKAWA

著     者: 佐藤いつ子

発 行 年: 2022年04月

ソノリティ  紹介と感想>

中学一年生が合唱コンクールに向けて練習を続ける姿を、同じクラスの五人の生徒を中心に描く物語です。「合唱」は国内児童文学作品では良く見かける題材です。クラブなどの合唱団でも、クラスの急ごしらえのチームでも、これがまた人間関係の坩堝で、多くの対立を孕んでいて、まあ、実にギスギスしがちです。合唱は好きだけれど、合唱団は苦手という人がいるのも納得するところで、自分も合唱コンクールの経験や合唱部にいたこともありますが、演奏が上手くいった歓びよりも、イヤな感じの方が記憶には残っています。で、物語もまたそうした記憶を呼び覚ますものが多く、だいたい辟易してしまって、読んではいるもののレビューを書くまでに至らないというのが、このところの読書でした。本書にもあまり期待していなかったのですが、これが実に味わいがあり、ワクワクさせられる作品でした。合唱コンクールのために、そうやすやすとクラスが一枚岩になるかと言われれば、そんなことはありません。それでも最初は声も出ず、バラバラだった合唱の精度が上がりまとまっていきます。そこにはそれなりの練習の積み重ねやアイデアの試行錯誤があります。それによって、クラスの雰囲気が変わっていくあたりがいいのです。そこにはまた同級生をちゃんと認め合う姿勢があります。照れ臭さもあり、なかなか初手から真面目に取り組まないのが中学生です。そんなクラスのムードが少しずつ変わっていく様子が描かれていきます。また、合唱コンクールの練習と並行して描かれる中学生たちの片思いの連鎖が実に混みいっていて、実に複雑なのです。それぞれが胸に秘めた誰かを好きになる気持ちのスパークが刺激的です。これ、五人の関係性を途中で図にして整理してみたくなるほどなのです。そんな心の躍動感が実に素敵な物語でした。

中学一年生の早紀(さき)は、吹奏楽部に入っているという理由で、クラス対抗の合唱コンクールの指揮者に選ばれます。音楽は大好きだけれど、吹奏楽部ではいまひとつ好きになれないチューバを担当させられて悩んでいたところでもあり、指揮者の大任にも戸惑います。いつもクラスでひっそり過ごしているようなタイプで、強く自分を主張できない早紀は、指揮者としてクラスを引っ張っていくことに難渋します。そんな早紀をフォローしてくれるのが、同じ吹奏楽部でピアノ伴奏を担当する音心(そうる)です。早紀とは幼馴染で親しく、寡黙ながら、その音楽の才能は周囲を圧倒するほどで、即興演奏で伴奏を変え、クラスの気持ちを引き寄せていきます。また女子バスケ部の晴美も、口煩いタイプながら、クラスを叱咤してリードしてくれます。実は内心、指揮者になりたかった晴美は、自分が音痴であることを気にしています。晴美は男子バスケ部の涼万(りょうま)に好意を持っていますが、涼万は友人の岳(がく)とともにバスケの朝練にかまけて合唱の練習に出てきません。一方で、涼万は指揮者の早紀の透き通った声が好きで、すごく気になっています。内心は合唱の練習に出たいものの、バスケに熱い情熱を持つ岳にひきずられている涼万。岳のような熱が自分にないことを気にしている涼万ですが、一方で岳は、バスケ初心者なのにセンスがある涼太の才能に脅威を感じています。それぞれの子たちが、どこか自分にコンプレックスを感じながら、自分にないものを持っている同級生に好意を寄せていく複雑な構図が見えてきます。そんな中で周囲から一目置かれている音心が、早紀のソプラノと晴美のアルトの二人だけで歌うパートを提案し、その見事なハーモニーが、クラスのムードを盛り上げていきます。岳の家庭事情が垣間見えたり、さらに早紀が急激に岳に想いを寄せてしまったり(この衝動が実に良いのですが)、さらには早紀が怪我をして指揮棒を振れなくなったり、それを岳がフォローしたりと、トラブルに見舞われながらも、なんとかクラス団結し、コンクール本番へと向かっていきます。ある意味、怒涛の展開。それぞれの子どもたちの心模様が実に見応えがあり、中学校の教室の練習風景の臨場感にシンクロして楽しめるものと思います。ちなみにタイトルの「ソノリティ」は、この合唱コンクールの課題曲で、その歌詞にも物語とリンクする象徴性があり、色々と凝っているところです。

声変わり、成長痛、初潮など中学一年生が体験する身体の急成長も描かれています。通過儀礼のようにやってくる身体変化ですが、今となっては、短い間に急に来るものだなと思うのです。心が自分の身体の変化を受け入れるのなど待ってくれないスピード感に戸惑わされる。それがまた思春期ならではかと思います。近年、視力の衰えや関節痛など、じわじわと老化している自分からすると、あらためて身体の変化をどう受け入れるかを考えさせられるのですが、心の準備など待ってくれないのが人生の常套なのでしょうね。心の成熟もまた同じで、思春期のふいに吹き荒れる得恋の戸惑いにもまたゆかしいものがあります。誰かを好きになった自分に慄いてしまい、わけのわからない行動に出たり、衝動的に告白してしまったりするあたりの突拍子のなさも良いのです。中学一年生の時、アルトだった自分の声も、二年生になるとバスになっていました。身長も中学生時代に20センチ以上伸びていました。実にあっという間のことでした。そんな変化の季節を懐かしく、愛おしく感じさせる物語です。まあ、男子の性的な関心などはオミットされており、健全で真面目な展開であることも安心させられるところです。中学生の頃に、焦がれるように誰かを好きになることがなかった自分としては、羨ましくも、そんな胸の痛みを追体験できるありがたい物語です。ちょっとした意地の張り合いで対立することはあっても、同級生の才能を大いに認め、協調し合える羨むべき関係性が描かれています。思春期の難しさは、そんなふうに理想通りにはいかないもので、対立したままタイムオーバーするのが実際だったりしますが、全部うまくいってしまう心地良さが物語を読む愉悦となっています。実に爽やかな読後感を味わえる一冊です。