出 版 社: 東京創元社 著 者: リチャード・ペック 翻 訳 者: 斎藤倫子 発 行 年: 2010年11月 |
< シカゴよりとんでもない町 紹介と感想 >
1958年。人気絶頂であったエルヴィス・プレスリーが徴兵されてドイツで従軍することに当時のファンの少女がどれほど心を痛めていたかなんて、知る由もないことです。でも、そんなたわいもない気持ちだからこそ、どこかにつなぎとめられていて欲しいと思うのです。韓国の若手俳優が兵役につくのを見送るために、日本のファンが現地にまで手を振りにいく昨今ですが、当時は、同じアメリカにいたって、返事のこないファンレターを書きつづって思いを募らせるしかなかったのだろうな。イリノイ州の田舎町に住む十四歳の女の子が、部屋の中にエルヴィスのポスターを貼りめぐらしていた1958年の夏から冬。田舎町で起きるささやかな事件を見つめているのは、その女の子の弟です。彼が回想する少年時代はの記憶は、そんなノスタルジックな感じだし、この物語の空間はとても魅力的なのですが、個性的すぎる隣人の行動力によって、より刺激的に、そして華々しく飾られていくのです。
イリノイ州の片田舎に越してきたバーンハート一家。この町で牧師を務めることになった父につきしたがってきた家族は、お隣の幽霊屋敷みたいな家に住む人物に圧倒されていました。九十歳近いおばあさんでありながら、あまりにも際立っている個性。近所づきあいはしない気難しいタイプ。この武装した大柄な老婦人は、丸々と太ったネズミしとめるだけでなく、自分の敷地に入った泥棒にも容赦なしに銃をぶっぱなします。このおばあさんこそ、ダウデル夫人。旦那さんが亡くなって随分と経つようですが、まだかくしゃくとして、一人暮らしを続けています。地元の青年たちに手荒い歓迎を受けた牧師の息子ボブが、全裸で閉じ込められたのも、このダウデル夫人の家のトイレでした。ボブは戸惑いながらも、魔女のようなこのダウデル夫人と関わっていきます。強面なんだけれど、人を引きつける魅力もあって、ボブの妹のルール・アンはすっかりダウデル夫人に懐いてしまい、いつもくっついているようになりました(このあたり、凄くいいんだな)。こんな小さな田舎町にもそれなりに事件が起きるのですが、さりげなく裏で大活躍しているのはダウデル夫人なのです。懐かしくも、いとおしく語られていくボブの回想の日々。ユーモラスでウィットがあって、なんだか、ただ見ているだけで楽しい、そんな物語なのです。
ダウデル夫人を中心とした「シカゴより?」シリーズの第三弾。少年少女の視線から語られる、この豪快なおばあさんの話であることは変わりません。このシリーズの最初のお話は、世界恐慌で景気が悪くなり、両親と離れてこの田舎町にシカゴから越してきた兄妹の話でした。世界恐慌といえば1929年。今回はそこから30年近くが経過しています。それでもなお、おばあさんは健在で、相変わらず銃をぶっぱなし続けているのです。この変わらない姿が実に嬉しい。この本から読んでも十分に楽しめますが、前二作もニューベリー賞オナー、ニューベリー賞受賞の折り紙つき。冒頭にも書きましたが、このシリーズは背景の織り込まれ方が凄くいいんですね。時代背景と風俗や文化が実に生き生きと描かれている。その時代に生きていた少年少女たちは、何に夢中になっていたのか。そんな日常を見るだけでも読書の愉悦があるのです。読んでいる時間がただ楽しい。そんな物語なのです。