スピニー通りの秘密の絵

Under the Egg.

出 版 社: あすなろ書房

著     者: L.M.フィッツジェラルド

翻 訳 者: 千葉茂樹

発 行 年: 2016年11月


スピニー通りの秘密の絵  紹介と感想 >
交通故に遭い、瀕死の息の下で「卵の下を探せ」という謎めいた言葉をセオに遺して亡くなった祖父ジャック。祖父を失い悲しみくれるセオはまだ十三歳の女の子ですが、これからの生活のことを真剣に考えなければならなくなりました。シングルマザーである母親は、紅茶と数学にしか興味のない浮世離れした人で、生計の手段をセオが担わなければならなかったのです。唯一の希望は、祖父の末期の言葉をつなぎ合わせると、卵の下には宝物がある、という意味になること。何か換金できるものがあれば、今後の生活に困らない。セオには思い当たるところがありました。美術館の警備員を務めていた祖父は、画家でもあり、沢山の絵を遺していました。白い楕円が描かれた一枚の抽象画は、祖父が決して手放さなかった特別な絵。うっかり、この絵に消毒用アルコールをこぼしてしまったセオは、簡単にはがれ落ちたインクの下に、別の絵が隠されているのを発見します。絵に記されたラテン語は何を意味するのか。祖父はどうして、絵の下に別の絵を隠したのか。そして、この古い絵は価値のあるものなのか。ここからセオの冒険が始まります。仮説、調査、実証。そのサイクルが目まぐるしくまわっていき、予想外の結末にたどり着きます。ルネサンスから第二次世界大戦、そして現代に受け継がれた一枚の絵を巡るミステリー仕立てで面白く、児童文学の要素も十分に堪能できる作品です。

友だちを作らず、祖父と「路上の宝物探し」に明け暮れていたセオ。世間の人たちとは打ち解けられないのは、気難しい祖父ゆずり。ひとりぼっちがデフォルトだったセオですが、否応なく世間にまじわらなければならない時がきたようです。幼い頃から美術館に通い、絵画の豊富な知識を持っているとはいうものの、さすがに一人では何もできない。変わり者で、町の部外者だった彼女が次第に人と打ち解けて、協力者を得ていく、そんなおっかなびっくりな感じがとてもいいんです。セオの住むスピニー通りの古くて大きな家には、テレビもなければ、パソコンもない。スマートフォンだって持っていない。変わってはいるけれど、そんなセオをクールだという女の子が現れます。彼女の名はボーディ。スピニー通りに越してきた彼女は、両親とも俳優というセレブな家の子。彼女も相当に変わっていて、二人は意気投合して、セオの見つけた絵画の調査を一緒に始めます。ラテン語を翻訳ソフトでうまく訳せないなら、聖職者に教えてもらおう。美術品の鑑定やインクの知識のある人たち、資料を探すことのエキスパートである図書館員、多くの人たちの力を借りて、二人は調べていきます。家のことは何もせず、研究に没頭しているセオの母親の数学の知識が意外にも役に立ったりすることも。調べることで人と繋がっていく、児童文学の成長物語の要素とミステリーが素敵に融合した作品です。いや、思わぬ化学変化がありましたね。

セオが心配していたのは、この絵が盗品ではないかということでした。美術館の警備員だった祖父が、こっそり手に入れたものではないのか。過去の履歴を調べていくうちに、セオは祖父がかつて特務をおびた軍人だったことや、第二次世界大戦中に起きた悲痛な出来事を知ります。そして、この貴重な絵を祖父が守り、本来の持ち主に返そうとしていたことも。祖父の人生をトレースしたセオは、その願いを我知らず受け継いで、やがて正解にたどり着きます。やや出来過ぎではあるものの、そんな出来過ぎがあってもいいじゃない、なんて思えるのは、この物語の後に続くセオの幸福を祈りたくなっているからです。願ったような宝物が手に入らないことは物語の常套です。だけれど、物語を通じて、セオは多くの気づきを手に入れていました。ふと、ボーディと悪口を言い合っていることに気づいて、自分に友だちができたことを実感したり。人生の宝物ってなんだろうねと問いかけられているような、そんな素敵な作品です。