出 版 社: 復刊ドットコム 著 者: ポール・ギャリコ 翻 訳 者: 東江一紀 発 行 年: 2007年06月 |
< ハイラム・ホリデーの大冒険 紹介と感想>
本書の帯には「平凡な中年男の華麗な冒険」とのコピーが踊っています。キャッチーではあるものの、本書の要約としては少々、真意を伝えきれていない気もします。本書の主人公ハイラムについて、本文中では、中年と見間違えるような外見をしているけれど、「中年間近」の男性であると記されています。中年の手前にいながら、人からは中年としか見えないし、そうとしか思われない。その実年齢は、大学を中退して、14年間、新聞社に勤めていたという経歴から判断するに、三十代半ば、もしくは三十代後半であろうかと思います。青年と呼ぶには抵抗があるものの、中年と呼ぶには、実に微妙なお年頃でしょう。「中年」というのは、年齢的特性を表す言葉ではあるのですが、同時に人生のスタンスをも規定しています。「中年」と言えば、人生の晩夏、いや初秋ぐらいのイメージか。血気に逸る青年期を過ぎて、やや落ち着いた、いや、くたびれてきた、人生の次のモード。この物語はハイラムが「中年」の手前でもがいている、青年期最後の焦燥感溢れる心性がネックになっているような気がします。時の流れに身をまかせ、甘んじて中年になってしまうわけにはいかない男性。それがハイラム・ホリデー。「このまま平凡な中年男になりたくない三十代後半男にやっとめぐってきた冒険」というのが、できればつけたいコピーですが、正直わかりにくいですね。かつて青年だった中年諸氏に、是非、楽しんで物語です。
新聞社、ニューヨーク・センチネルに勤める男性、ハイラム・ホリデー。整理部の校正係として、廻ってきた原稿をチェックしたり、誤字を直したり、見出しをつける仕事をしています。家庭の事情で大学を中退してついた平穏だけれど退屈な仕事。勤勉実直、気さくな人柄で、職場でも好かれていますが、結婚もしないまま、中年間近のこの年になっていました。凡庸な外見とは裏腹に、ハイラムは鋭い感受性を持った人物。アマチュアの冒険家を気取り、肉体を鍛錬し、射撃にフェンシング、乗馬に水泳、武道に、飛行機の操縦まで習得している。そんな彼の本当の姿に誰も気づく人はいません。心得の足りない新聞記者たちの未熟な原稿にうんざりしながら、ハイラムの魂は理想と義侠心に燃えていました。とはいえ、どんな高潔な魂が彼に宿っていようとも、外見は中年のオジサンの平凡な校正係。そんなハイラムがつかんだチャンスは千ドルのボーナスと一ヶ月の有給休暇。ハイラムの注意深い校正が会社をトラブルから救ったご褒美でした。休暇を利用して夢だったヨーロッパ旅行に旅立つことになったハイラムは、イギリスに向かう船の中から、その平凡ならざる能力を発揮しはじめます。時に1939年。世界大戦前夜のドイツやイタリアのファシズムの台頭に揺れるヨーロッパの空気を肌に感じて、ハイラムはその熱い魂をたぎらせていきます。やがて、世界を揺るがすような謀略に巻き込まれて、ナチスドイツの大物と対決したり、ヨーロッパの小国の王女様を救ったりと、壮大な冒険に乗り出すことになるのです。緊迫するヨーロッパ情勢を舞台に、凡庸な外見に秘められた高潔な魂は、勇気を振り絞り、大活躍します。命からがらの脱出劇と、恋と、決闘と。果たして、ハイラムの運命や如何に、なのです。
魂を燃やすような経験もないまま、年をとっていってしまうというのは、実際、寂しく、人生を無駄にしているような感じします。自分も長い間、仕事をやってきたのに、全力を出しきったあ、などと満足したことはありません。それなのにドクターストップがかかって、スローライフを求められたりして、もう若くないなあ、と呟かざるを得ないのです。無論、中年期も「働き盛り」なのですから、諦観する必要もないのですが、青年期からの離脱には、いささかトーンダウンは否めません。この物語のように、平凡な職業生活と人生に甘んじてきた男性の、中年間際の遅咲きのデビュー、しかも、国際的陰謀に巻き込まれるような大冒険は、まさに夢物語ですが、いや、どんな人も、意外なタイミングでヒーローになることがあるものかも知れないのです。肉体的にベストな状態ではなくなりつつある三十代後半、青年後期のリミットととの熾烈な闘い。ハイラムの年齢的な焦燥感がわかる方には、この作品に、より多くのロマンを見出してもらえるかも知れません。