バンピー

出 版 社: 静山社

著     者: いとうみく

発 行 年: 2022年10月

バンピー    紹介と感想>

応援していたタレントさんが「万引」で捕まって、そのまま芸能界からいなくなってしまうという事件がありました。数年前のことながら、未だに引っかかっていて、ことあるごとに、なんで彼は自分の将来を台無しにするようなことをしたのか、という思いが浮かんできます。(こう書くと誰のことかわかるかと思いますが)「仮面ライダー」出演時のクールな佇まいと、バラエティでのボケっぷりのギャップに、芸能界での快進撃の予感を抱いていただけに、あの万引事件が悔しくてならないのです(ライダーや戦隊でデビューした俳優たちは、一年間も見ているためか親近感があって、その後の活躍がずっと気になります)。売れっ子で、お金はあっただろうに、何故、盗んだのか。「盗癖」があったのか。一般論として「盗癖」は、精神疾患であり、病理と考えられるものだと思います。ただ、起訴されれば、犯罪として立件されるものであり、そもそも人の物を盗んだ時点で非道な行為なのです。病理であれば、そのメンタルを健常な人が理解することは難しいと思います。では、盗癖がある人にどう心を寄せていったら良いのか。それは途方に暮れるテーマです。それが家族であれば、無関係を決め込むわけにはいかないのです。本書は、そんな答えが出ない問題を突きつけられた子どもたちの物語です。おそらく正解はないと思います。赦すことも憎むこともできないのは、理解ができないからです。それでも心を近づけていこうとするのが家族の絆なのかも知れません。まさに途方もない愛情です。

妹が万引をしたとの知らせを受けて、高校二年生の高比良成(なり)は、その現場であるスーパーに迎えにいくことになります。本来であれば保護者である両親が行くべきところ、成たち兄妹には、両親がいないのです。母親は亡くなっており、父親は家を出たまま帰ってこない。お金だけは仕送りしてくるものの、どこにいるのかもわかりません。そんな中で三人の妹たちの面倒を見ている成は、兄として、家長としての責任を感じています。スーパーから連絡を受けた時、家にいなかった小学四年生の巴(ともえ)が捕まったのかと、真面目な巴の性格を思い、成は驚きます。しかし、スーパーで対面することになったのは、妹を名乗る見知らぬ少女でした。成の父親と一緒に写った写真を持ち、成の父親のことをパパと呼ぶ少女、蛍(ほたる)は高校一年生。母親は違うものの、成の妹だというのです。そんな話は聞いたこともない成。また蛍のキャラクターも際立っていて、当たりが強く、お金を持っているのに万引をするという、その行動原理も理解できません。しかも父親に言われたから、蛍は成の家に一緒に住むという強引さ。成はこの困った状況を、いつもサポートしてくれている叔母の小春に相談します。この時、叔母の小春は、蛍が見せた母親の写真を見て、彼女の素性を察します。ケガで美容師の仕事ができなくなった小春が、そのサポートを蛍に依頼したのも彼女の素養を見込んでのことでした。蛍のことを問いただそうにも父親に連絡がつかないまま、成の疑問符は大きくなるばかり。やがて成は、小春からこの妹の正体を知らされ、蛍をめぐる過去の経緯と、自分の知らない父親の一面を知ることになります。家族を捨てて出ていった父親の真意と向き合うことになった成は、その理由を憶測します。親子の関係や絆について考えさせる物語は、大きな問いを読者に与えて、高校生の成や蛍と同様に頭を抱えさせることになります。さて、ここからどう生きていくか。親を赦すことや、責めること、愛することも越えて、その存在を受けとめようとする。まだまだ、その途上いる高校生たちの気持ちにシンクロできる物語です。

軽調で、ユーモアを交えて語られる物語でありながら、正解のない複雑なテーマを読者につきつける作品です。朝日中高生新聞の連載のこの物語を、果たしてリアル中高生はどう読んだかと考えます。成たち兄妹の父親も、蛍の母親も、それぞれの意味で「病んで」います。ただ一緒にいるわけではないため、いわゆるヤングケアラー状態ではありません。本来は親が子どもを育てるべきものです。ただ、状況として、それができない「病んだ」親もいます。子どもはそんな親の心の事情をちゃんと理解できないまま、どう歩み寄ればいいのかと考え、もがくことになります。親のケアをするということは、具体的に手を動かすことだけではなく、心をずっと寄せ続けることもあるのだと考えています。成たち兄妹の父親が、家族の元を離れたのも、子どもたちにそうした負荷をかけたくなかったからだと想像しますが、真意はわかりません。蛍の母親は盗癖があり、逮捕されて拘留されているという重い展開です。盗癖という病理を理解することなど、元よりできるわけがなく、それでも蛍が母親を理解しようとするアクションにはいたわしさがあります。親の心、子知らず、という慣用句は、ここではニュアンスが違ってしまうわけですが、子どもが懸命に親の心を斟酌することもまた、愛の形です。バンピー(bumpy)いうタイトルの意味がわからず、読後に辞書を引いて(嘘。ネットで検索しました)、デコボコな状態のことをいうのだとわかりました。ああ、なるほど、実にバンピーなお話です。どんな悪路であろうと先に進まなければならないのです。ちなみにプロレス用語でバンプ(bump)とは、受身のことを言いますが(衝突することから派生したもののよう)、相手の技を受けきって勝つことがプロレスの基本概念です。人生の困難を受けきって、勝つ。そんな想像をしてみましたが、やはりハードモードですね。子どもたちだけではなく、物語の余白にある親たちの心情を思うと、また味わいのある物語です。子の心、親知らず、なのでしょうか。