ブロード街の12日間

The great trouble.

出 版 社: あすなろ書房

著     者: デボラ・ホプキンソン

翻 訳 者: 千葉茂樹

発 行 年: 2014年11月


<   ブロード街の12日間   紹介と感想>
ウナギのように抜け目なく、誰にも捕まえられたりしない。イールはそう心がけていました。十九世紀中葉、まさにディケンズの時代のロンドン。親のいない幼い少年が生き抜くにはそれなりの処世術が必要、というのは『オリバーツイスト』を読むまでもないことです。テムズ川で汚水まみれの川さらいをして糊くちをしのいでいるイールも、かつては学校に通い、それなりに豊かな暮らしを送っている子どもでした。ところが、勤め人だった父親を病気で亡くしたことで、運命が急転します。生活苦から母親が再婚した相手は、イールたち兄弟を盗みに利用しようとする業悪な男だったのです。母親も亡くなった今、弟を義父の手から守ることが、イールに託された使命でした。義父から逃れ、幸運なことにライオン醸造場での下働きの仕事を得たイールは、川さらいから解放されます。ところが、弟のためにお金を稼ぐ目処がたった矢先、今度は悪い企みによって濡れ衣を着せられ、職場を追われます。自分の無実を証明するためにイールがとった行動が、後に歴史に残る大発見のキッカケとなります。史実を背景に、少年が勇気を振るい、その賢明さで過酷な世界を生き抜いていく冒険譚です。

かかったら確実に死ぬ病気。それが『青い恐怖』と呼ばれているコレラです。当時の不衛生な環境下で、どこからともなく蔓延するこの病気の原因は未だ解明されておらず、おそらく空気感染によって広がるものと考えられていました。窮地に追い込まれていたイールでしたが、親しかった人たちがコレラに苦しむ姿を見るに及び、なんとかその命を救う算段をか考えるようになります。イールが偶然出会ったスノウ博士は、麻酔学と疫学の権威で、女王様の治療もしたことのある立派な医師でした。イールの賢さを知った博士は、助手として彼を雇い、コレラの感染原因を調査しはじめます。博士とイールの調査によって次第に解き明かされていく感染源。その仮説を証明できれば多くの命が救えるという矢先、イールはまたピンチの時を迎えます。

過酷な環境を生き抜く真っ直ぐな少年。平気で子どもを食い物にしようとする悪い大人たちが跋扈する世界。物語は少年が悪に飲み込まれる前に、温かな救いの手を差し向けます。思慮分別のある大人もいれば、手に負えない悪党もいる。混沌とした世界の中でで、少年は強い意志をもって悪に染まってはいけないと決意します。その潔さ。コレラの感染源発見の史実を背景に、少年探偵ならぬ少年調査員が活躍する、胸のすく物語です。そこでは背筋の伸びた真っ直ぐなスピリットが輝きを放ちます。歴史の中で伝染病が蔓延していくパンデミックを描いた物語は多々あります。『ドゥームデイズブック』や『異星の客』など、秀逸なSF小説の題材にもなっていますが、極限状態の中でも、人が人として尊厳を保てるかが、SF的な道具立てよりも読ませるものがありました。それは児童文学の世界でもまた見いだせる光です。

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