マイク

MIKE.

出 版 社: 小学館

著     者: アンドリュー・ノリス

翻 訳 者: 最所篤子

発 行 年: 2019年10月

マイク  紹介と感想>

他の人には見えない人が自分には見えてしまう。そんなことは滅多にあることではありませんが、文学の世界では「幽霊が見える」というケースがそこそこあります。現世に想いを残して幽霊になった人物から、何らかの啓示を受ける。児童文学では、幽霊も、それが見えてしまうのも双方ともに子どもであり、そこに友情が育まれることものの、おそらくはお別れを孕んだ期間限定の友だちであるために、エモーショナルな作品が生まれます。本書の作者であるアンドリュー・ノリスにも『僕だけに見えるジェシカ』という傑作があります。実際、その物語の世界線では幽霊は実在します。「気が変になった」わけではないのです。さて、本書も他の人には見えない人物が主人公にだけ見えてしまうという物語です。しかし、見えるのは幽霊ではありません。それは、想像上の友だち、イマジナリーフレンドです。主人公の少年、フロイドが心の中で作り出した架空の人物、マイク。しかし、フロイドにはマイクが実在の人のように見えているし、時にはフロイドに示唆を与え、導いてくれる存在なのです。これが、年少の子どもたちの物語であったなら、頼もしき相棒となるのやも知れないのですが、十代半ばの少年に突然、見えるようになったイマジナリーフレンドは、精神病理の問題として扱われ、診断の対象となります。広い意味で「気が変になった」と考えられるわけです。とはいえ、病名がつく状態なら、治療も可能です。そのためにはマイクが見えるようになった要因を解明しなくては。果たしてマイクは、フロイドの「抑圧された願望の投影」なのか。自分の本心と向き合う少年の成長のプロセスが鮮やかに描かれる物語です。

将来を嘱望される若手テニスプレーヤーとして活躍中のフロイド。コーチである父と、母の期待を背負い、努力を重ねて快進撃を続けていました。ある時からフロイドは、黒髪で黒いロングコートを着た男性をテニス会場で見かけるようになります。観客席を歩き回るどころかコートの上にまでやってきて試合を妨害するその男性を排除しなくてはと思うものの、他の人にはその姿は見えないというのです。自分だけに見える、その人物、マイクは、フロイドがテニスをすることを止めようとしているようです。フロイドの異変を感じとった両親のすすめで精神科医の診断を受けたところ、マイクの存在は、フロイドの抑圧された願望の投影だと結論づけられます。フロイドもまた、思い当たるところがありました。両親の期待に応えるためテニスを続け、好成績をあげてきたものの、本心としては、テニスを辞めたいと思っていたのです。全英トーナメントで優勝してもおかしくない選手だと将来を嘱望されているフロイド。それなのに、あっさりとテニスを辞めて、小さな水族館でのアルバイトに精を出すようになったことは、周囲を驚かせ、少なからず両親を失望させます。そんな折、祖母の家に滞在した際に近くの浜辺で、マイクの姿を見ることができるチャリティという同じ年頃の少女とフロイドは出逢います。数年に渡り、つかず離れずの交流を続けていた二人でしたが、高校を卒業した後の進路に悩むフロイドにチャリティが勧めてくれたのは、海洋学者である彼女の父親の手伝いでした。海洋調査船に乗り込み、研究者たちの仕事を手伝う中でフロイドは自分が進むべき道を見いだしていきます。やがてフロイドの人生にマイクが現れなくなる時が訪れます。マイクとは何者だったのか。「自分はなにをなすべきか」という問いを少年が真摯に突き詰めていく爽やかな物語です。

マイクはフロイドの分身ではあるはずですが、その本心を言い当てるだけではなく、フロイドの知らない言葉を使ったり、知識をもっています。精神科医とフロイドは、マイクの存在についてディスカッションを続けていきますが、おそらくは、フロイドの無意識にその根源があるのだろうという考えに及びます。時に危険を察知して、フロイドを窮地から救ってくれることも、超常的というほどではないにしても、虫の知らせの範疇なのかも知れません。なによりもフロイドの無意識下の願望を引き出して、それを当人に意識させる役割を担っているのがマイクです。人間は自分の本心と向き合うことが、なかなかできないものです。自分はなにをしたいのか。わかっているはずなのに、それを認識することができない。もしかすると、さまざまな障壁によって、それを認めるわけにはいかないのかもしれません。それでも、現状に満足していない自分に違和感があることはわかるのです。フロイドは、多くの人が憧れるだろう有望なテニスプレイヤーでしたが、自分が楽しくないのであれば、続けていることは苦痛だったのです。そこに両親の期待に応えるためという重荷もあれば尚更です。自分はなにをしたいのか。なにを求めているのか。普通の人間はここでイージーに日常や成り行きに流されてしまうところですが、フロイドには無意識の願望を自覚させるマイクが存在したために、この問いに向き合わされ続けます。やがて、フロイドが海洋調査手伝いをする中で、自分が何をしている時が楽しいのかを知ります。多くの若者にモラトリアム期があり、自分がなになすべきか見出せないまま、怠惰に沈んだり、形だけ人生を履修するような生き方をせざるをえないものです。自らの中のマイクと対話することは難題ですが、実りある未来のために精進すべきところかとも思います。