マレスケの虹

出 版 社: 小峰書店

著     者: 森川成美

発 行 年: 2018年10月

マレスケの虹  紹介と感想>

第二次世界大戦下にアメリカに暮らしていた日系人を描いた物語といえば、まず『二つの祖国』(山崎豊子)が思い浮かびます。今年(2019年) 、再度、テレビドラマ化もされましたが、1985年に『山河燃ゆ』というタイトルでNHKの大河ドラマにもなったことで記憶にある方も多いかと思います。そういえば、当時、大河ドラマになるにあたって、なにか物議をかもして反対運動が起きていたという記憶があったので、検索したところ、ドラマの内容について日系社会から抗議を受け全米での放送が中止になったそうです。ここには米国における日系人の立場の難しさがあり、主人公たちがどのようなスタンスで描かれるかが問題となっていたようです。まだ生きている歴史である近現代史をドラマとして描くことの難しさを思います。児童文学ではシンシア・カドハタの『草花とよばれた少女』や、昨年(2018年) には『マンザナの風にのせて』など、日系人少女の視点から強制収容所の暮らしを描いた作品が翻訳刊行されています。本書、『マレスケの虹』は日本人作家による戦時下に生きた日系人の少年を描く物語として、新たな視座から日系人を、いや、ボーダーを越えて人間が生きることを見据えた物語です。本年(2019年)の日本児童文芸家協会賞受賞作です。

耕地民としてハワイに妻子とともに移住したマレスケの祖父は、やがて独立して自分で店を営んでいました。孫であるマレスケは日系二世。父親を早くに亡くし、日本に一人で帰ってしまった母親とも別れて、兄姉と一緒に祖父に育てられています。ハワイでは、マレスケたちがハオレと呼ぶ白人もいれば、現地人や日系人をはじめととして外国にルーツを持つ色々な人種が混淆して社会を作っていました。そうした中で、自分はアメリカ人であるという意識を養ってきたマレスケは、時に祖父や他の一世たちからは日本人としての考え方を押しつけられることに、複雑な気持ちを抱いています。アメリカ人にもなりきれず、日本人にも戻れない二世たち。自分のアイデンティティを探しながら、アメリカ社会でどう生きていくかを模索する彼らに大きな事件が起きます。真珠湾攻撃からの日米開戦。日系人は敵国の人間として、謂れなき疑いをかけられ敵視される戦時下の日々が続きます。マレスケの兄が志願兵として戦地に赴いたのは、アメリカ人としての自分を証明するためでした。日系人部隊は恐れ知らずの活躍で勇気を奮い、武勲を上げようとします。マレスケの視線が見つめる戦争と、その向こうにあるもの。どこかの国の人間であることや、その国のために戦うことよりも、人としての正しさを求めるべきではないか。戦時の悲しみの中からマレスケが見出していくものには、人間が国という小さな枠組みを越えて変化していく未来が映されています。

少年のナイーヴな感情を描きながらも、強い理性の輝きがほとばしる物語です。マレスケの冷静な物の考え方や、理路整然と心を整理していくところには好感を持てます。マレスケは漢字で書くと希典。祖父が乃木希典から付けた名前です。日露戦争でロシアと戦って勝った将軍であり、明治天皇が崩御した際に殉死したことをマレスケも知っています。日本人の精神を色濃く受け継ぐ名前を負っているマレスケですが、ハワイで生まれて、アメリカ籍を持ち、合理的な考え方が身についているマレスケのスピリットはアメリカ人でもあるのです。彼は冷静に人種の違いを感じとっています。直情径行の祖父は頑固だし、他の日系の一世も面子にこだわってばかり。剣道の先生から、武士の家柄でもないのに武士道を学べと言われても納得いきませんし、現地人を侮蔑する一世にも強い怒りを覚えています。一方で、相手に響くように考えを分からせようとするハオレ(白人)の態度にも好意を持っているマレスケ。偏見に曇ることなく理路整然と考え方を整理していくマレスケの思考のプロセスが、この物語全体を貫き、大きなテーマを浮かび上がらせる見事な構成の妙があります。人は少しずつ変わり、変わりながら前に進んでいく。色々な国の人たちがが交わる場所であるハワイ。誰もがありのままで良い理想の場所。壁を壊し、国というボーダーを越えたグローバルな存在に人間がなること。戦争の惨禍を越えて、その向こうにあるものを少年が見つめる雄大な物語です。