メープルヒルの奇跡

Miracles on Maple Hill.

出 版 社: ほるぷ出版

著     者: ヴァージニア・ソレンセン

翻 訳 者: 山内絵里香

発 行 年: 2005年03月


メープルヒルの奇跡  紹介と感想 >
50年以上前に書かれた児童文学作品。ニューベリー賞受賞作ながら、今回(2005年3月)、初邦訳された一冊です。復刊というわけでもなく、日本人にとっては、新鮮な旧作、というところですね。ハデさはありませんが、大自然の営みの中で描かれる美しい田園家族小説となっています。この小説のお父さんの状態に、作品が書かれた1956年の時代背景が忍ばれます。戦争から帰ってきたお父さんは(おそらく二次大戦か朝鮮戦争)、その捕虜としての生活から、心に深く傷を負い、後遺症で、すっかり性格が変わってしまい、少しのことで、イライラとしては家族に当り散らす病的な状態になっていました。以前のような優しいお父さんに戻って欲しいと願う家族は、お父さんを連れて、都会を離れ、お母さんの田舎で田園生活を送ることを決意します。お母さんの地元、ペンシルベニア州の片田舎にあるメープルヒル(かえでがおか)は美しい自然にかこまれた「奇跡を起こす」場所と信じられていました。そこは、春になるとカエデの木に甘い樹液が昇ってきて、沢山のおいしいメープルシロップが生み出されます。美しい自然の営みを「奇跡」と呼んで慈しむ人たちの村。この場所なら、お父さんの心は安らぎ、戦争に行く前のような優しいお父さんに戻ってもらえる。きっと、奇跡は起こる。家族は、この田園生活の中で、自然のもたらす、新鮮な驚きに満ちた日々を過ごすこととなります。

主人公は、一家の娘であるマーリ、ー十二歳。ピッツバーグの都会っ子のマーリーが、田舎の四季を通して、その逞しい自然にもまれながら、動物たちと触れ合ったり、自然の中で働く人たちと恵みを分かち合い、喜びをともにしていく姿が描かれていきます。心を病んでいたお父さんも、だんだんとこのメープルヒルのおおらかな日々の中で回復に向かい、優しさをとりもどしていきます。自然の移り変わりの描写が美しく、猛る夏、美しい秋、厳しい冬を過ぎて、春一番の花を見つける、その自然の植物たちの香り高い姿が浮かんでくるようです。そして、メープルといえば、なんといってもメープルシロップ。かえでの樹液からとったこの蜜のおいしそうなこと。樹液はポンプでくみ上げるのではなく、木を自然に「のぼってくる」ものだそう。それを作り上げる工程の不思議さ、面白さ。ご近所のシロップ作りの名人、クリスさんが倒れてしまって、マーリー一家と村の学校の生徒たちが総出で大量の注文に応えるためにシロップを作り上げるラストシーン。メープルシロップを丹精をこめて精製していく過程は、自然への敬意が払われていて、とても温かいものを感じました。心優しくなれる一冊です。

このところ「一陽来復」という言葉を思い出します。冬が去り、また春が巡ってくる、ということから、悪いことが去り、良いことがやってくる、というような意味の故事です。自然の営みを「奇跡」と尊ぶ、おおらかな心を持ちえないままですが、また夏の終わりがやってきて、ああ季節が巡ったなあ、と、珍しく自然の摂理を感じています。僕自身、ちょっと具合の悪い時期もあって、めぐりくる春の喜びに満ちた、こうした作品を読んでも、もうひとつ素直に楽しめない、というのが現在のキャパシティの限界ですが、このお父さんのように、新しい季節が巡ってきて、病んだ心もだんだんと良くなるものさ、と思いたいものです。溜まったストレスのことは忘れて、ああ、おいしいホットケーキにバターとメープルシロップをかけて食べたいことよ、などと思ったりするのですよ。

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