出 版 社: 小学館集英社プロダクション 著 者: アダム・シルヴェラ 翻 訳 者: 五十嵐加奈子 発 行 年: 2023年03月 |
< 今日、僕らの命が終わるまで 紹介と感想>
「デス=キャスト」から電話がかかってきたら、もうお終いです。その日のうちに人生が終わることが確定したという通告なのです。デス=キャストが人を殺すわけではありません。これは最後の日を有意義に使ってもらうために、死ぬ予定になっている人に知らせてくれるサービスであり、人はむしろ感謝すべきものです。死ぬべき運命はどうあがいても変わりません。絶対そこに行き着きます。だとしたら、やり残したことをやるも良し、生前葬を開いて、親しい人たちに感謝を伝えるも良し、そんな機会を与えられたのだと言えます。デス=キャストから通知を受けた人たち(デッカー)に対しての社会サービスも充実している、違う世界線にある2017年がこの物語の舞台です。突然、最後の日を迎えた人たちにケアが施される、とはいえ、やはりデス=キャストからの電話は受けたくないものです。まだ若く、未来があったはずの少年たちがその電話を受けても、どう受け止めたらいいのかわからず、動揺して、慌てふためくのも仕方がないところでしょう。たとえ受け入れられなくても死はやってきます。致死率の高い病気ではない少年たちに死をもたらすのは、おそらくは不慮の事故です。それでも部屋から外に出なければ、残りの人生を活かすことはできないのです。残された時間は長くても24時間。その時間を輝かせるためにアクションを起こすべきです。まずは親しい人たちに別れを告げなくては。そして、別れを告げた後は、一人で死ぬまでの時間に耐えなければならない。それはとても辛いことです。その孤独を紛らわせるためにデッカーを対象にした出会い系のアプリがあります。ラストフレンド。これは、そのアプリで繋がった二人のデッカーの少年の友情と愛の物語。残された一時間一時間が貴重で愛おしい。胸を貫かれるような痛みを残してくれる作品です。本書の帯によると「2021年アメリカでもっとも売れたYA小説!」とのことです。
マテオ・トレースは18歳。デス=キャストから、今から二十四時間以内に死ぬという通告の電話を受けて、崩れるように床にひざをつきます。心配性で臆病な性格の大人しい少年は、人づきあいも少なく、これまで大らかに生きてこなかったことを後悔します。最後に会いたい人は二人。脳梗塞で倒れ意識不明のまま入院中の父親と、親友のリディアだけでした。なかなか外に出る勇気が出ないマテオは、デス=キャストに死を通告されたデッカーたちが投稿するサイトをのぞき、そこで宣伝されているラストフレンドというアプリに登録することにします。デッカーが最後の友だちを見つけるためのアプリ。しかし、声をかけてくるのは、どうにもマトモじゃない相手ばかり。それでも、マテオはついにルーファスという、もうすぐ18歳になる少年と知り合うことができます。ここまででマテオは貴重な三時間を費やしていました。ルーファスもまたデッカーであり、死の通告を受けていました。ルーファスは家から出られないマテオを誘い出し、外で会うことを提案します。ルーファスは複雑な状況下で死の通告を受けていました。元恋人を奪った少年を叩きのめしてしまい、警察に追われていたのです。一緒に施設で暮らしていた大切な友だちたちに別れを告げたルーファスもまた一人で孤独と不安を抱えていました。行動的でやや粗暴なところもあるルーファスは、マテオと会い、一緒に行動する中でその善良すぎる人間性に驚かれされます。最後の一日をどう過ごすか。大切な人たちを悲しませないようにあえて距離を置こうとしながらも、離れがたい気持ちに突き動かされる二人。色々な出来事を通じて友情で結ばれていくマテオとルーファス。バイセクシャルのルーファスと自分の性的志向に無自覚だったマテオがやがて愛情を育てていく姿は、その残り時間の少なさに、より輝きを増していきます。
どういうアルゴリズムで人の死が予見できるのか。デス=キャスト社の内実は良くわかりません。特別なテクノロジーなのか、なんらかの霊験によるものなのか。日本のコミック作品の『イキガミ』は、この物語と同じように死が予定されている人に通知(イキガミ)が渡される物語でした。それは政府による施策で、命の価値を高めるため、一定確率で選ばれた人の体内にあらかじめ埋め込まれたカプセルを破裂させ死をもたらす世界のお話です。その通知を行う主人公の区役所戸籍課の職員の視点から、イキガミを受け取った人たちの残り一日の余命が見守られます。そうした作為的な死と、本書の死は異なっており、誰も恨むことができない享受すべき運命としての死が描かれています。米ドラマの『パーソンオブインタレスト』はこの世界の膨大な情報のフィードをインプットされたスーパーAIが、生命の危機にある人間や、逆に人の命を奪おうとしている人間を見つけ出し、その社会保障番号を通告するという物語でした。主人公である人間たちはその悲劇を回避させるために奮闘します。もしAIが人間の運命を予見できるとしたら、という夢想は面白いドラマを生みますね。デス=キャストもまた、そうした科学の力によって人間の運命を察知するものなのか。本書のデス=キャストという道具立ての秀逸ささは、本来なら予期せぬ突然の死を迎えたであろう人間に、最後に人生を決算する猶予を与える救済措置でありながら、不吉で不穏な存在感を放っていることです。まあ、死神は忌み嫌われてしまうものかも知れません。僅かな人生の残り時間を有意義に使えるとは限らないし、残り時間なんて知らない方が幸せだったのかも知れません。それでもこの物語で、マテオとルーファスの二人が出会ってから一緒に生きた時間の輝きや、人生そのものへの歓びや人を愛することの尊さを実感していく姿は深く胸に刻まれます。死が裏腹にあることで生が輝くというのは、近年(2023年)人気の余命モノにも言えることかもしれません。余命一日という究極の状況で、同性愛という、まだ社会的に飛び越えがたい障壁のある愛の形が、ここでより真芯で捉えられ、純粋に深められていく姿に感慨を抱かされます。