出 版 社: スターツ出版 著 者: 水沢理乃 発 行 年: 2019年06月 |
< 僕は君と、本の世界で恋をした。 紹介と感想>
図書館や書店、ブックカフェなど、本に関わる場所が舞台となった物語です。リアルな場所で、本をきっかけとして、誰かと知り合うなんて出会いはあまり現実的ではないと思っています。本を読んだり、探すという行為は、非常に個人的で、人に干渉されたくないものだからです。一人になりたいから、そうした場所に行くという傾向を考えれば、まずはありえない話ですが、読者好きのロマンとして、本を通じて誰かと繋がりたいという気持ちも少なからずあるのではないかと思います。本書は、通っている大学にも、家にも居場所がなく、大学の図書館で本を読むことが唯一の楽しみであるという女子、文乃(あやの)が主人公です。彼女が図書館で本を読んでいると、その本について話しかけてくる人が現れるあたりが、物語の始まりです。入れ子構造になった物語は彼女が読んだ本と現実とがシンクロしていきます。本のある場所を訪ね、その雰囲気を味わうこともまた、本の楽しみなのかも知れません。ネット書店の方が本を探しやすいじゃない、なんて考えてしまうのは、自分がネット書店のスタッフだったからかも知れませんが、利便性や効率を追求していくと、そうならざるをえないと思っています。電子書籍で読めるなら、それでも良いし、音声に変換してくれるようになれば、もっと良いなと。ただ、検索に頼らず、自分の目で探して、惹き寄せられる方へと手を伸ばしていく、そんな本との繋がりもあるかも知れません。ここにあるサムシングが、やはり本の魅力なのだろうと思います。読書趣味を描くということでは、やや緩い物語ですが、この緩さもまた、ほど良い心地良さとなっています。他のスターツ出版作品と同じように、ごく真面目で真摯な物語です。
大学に入学してからの文乃(あやの)の日課は、大学の図書館で本を読み、閉館ギリギリまでここで過ごすことでした。友人の美穂のように文芸サークルに入るわけでもなく、ただ一人で本を読む。医者の家に育ち、母親からは医学部に進むことを熱望されていた文乃は、滑り止めで入った、この大学の文学部に通いながら「仮面浪人」として医学部を目指していました。いえ、それもまた、母親に対しての文乃の仮面だったのです。実際、文乃は医学部受験を諦めていました。本を読むことが好きで、文学部に愛着を持っているのに、母親の手前、受験勉強するフリをしなければならない自分。友だちのように大学生活を謳歌することもできずに、安全地帯である図書館に留まっている文乃は、足踏みをしたままの状態です。そんな折、図書館の「今週のおすすめ小説」のコーナーに置いてあった『僕は君と、本の世界で恋をした。』という題の本を、文乃は手にとります。それは図書館で一冊の本をきっかけに親しくなる男女の物語でした。恋愛には興味のない文乃も心が暖かくなるような愛しさを覚える作品で、しかも登場人物に親近感があるのです。その本を読み終えた時、一人の少年が声をかけてきます。オープンキャンパスでこの大学に見学にきたという高校生で、その本の作者である篠崎優人(まなと)だと名乗ります。この物語はノンフィクションで、彼女は既に亡くなっているという優人の言葉に文乃は驚きます。その本に登場した場所を一緒に巡って欲しいと頼まれた文乃は、戸惑いながらも、優人に付き合って、大書店やブックカフェなど、本に登場する場所を訪ねます。母親の手前、家には本を持ち込むことができない文乃でしたが、本のある場所を巡り、ついには自分で本を買ってしまい、このまま文学部で学んでいたい気持ちを強くしていきます。探したい場所があると言ったきり連絡がとれなくなった優人の身を案じた文乃は、彼のことを知りたくて『僕は君と、本の世界で恋をした。』を調べますが、そんな本は存在していないという事実に直面します。優人の正体は何者なのか。再び、目の前に現れた優人とともに、物語のクライマックスの場所を訪ねることになった文乃は、そこで『僕は君と、本の世界で恋をした。』が、この世界に存在していない理由を優人から告げられるのです。
ファンタジックな物語でありながらも、一人の女の子の自分探しのリアルな葛藤が興味深いところです。娘に幸せな将来を与えたいために、医学部に進んで、父親や兄と同じく医者になることを求める母親。今の大学を辞めて、受験に専念すべきだとまで言われて、文乃は自分の本心を言い出せず戸惑い続けます。それでも、優人と本のある場所をめぐり、友人の美穂のサークル活動を手伝って、ブックカフェを企画したり、自分が読書アドバイザーになることで、本に関わっていくことが自分は好きなのだと再認識していきます。その思いが極まって、母親と向き合い気持ちを伝えるあたりが中詰めです。「話せばわかる」というのが、この物語世界の常套であり、そこで家族の理解を得られるのは出来過ぎではあるのですが、勇気を奮った時、壁を突破できるという希望が灯されているのがスターツ出版作品の心地良さです。本を買うことさえゆるされなかった文乃は読者としてはビギナーです。この物語でも、メジャータイトルや司書のおすすめの本だけを読んでいるという、擦れっからしの読者からすれば、やや緩さを感じてしまうのですが、初々しく清々しい読書観に動かされるものがあります。現代(2024年)ではあまりそんなことはないかと思いますが、就職を意識すると文学部は不利なので、文学部を選択することを親に反対されたという話を聞いたことがあります。自分は親も文学部出身であったため、文学部に進むことにまったく反対派されなかったのですが、他の学部に通いながら、文学を趣味にしていた方が世界は広がったかなと思うこともあります。本関係の仕事ながら、就職して全く畑違いのことをやることにもなりましたが、文学部の素養はなんとなくどこかで糧になっているかな、とは思えるので全くの不正解でもなかったかという塩梅です。なかなか将来を見越して進路を決めることは難しいものです。