朝顔のハガキ

夏休み、ぼくは「ハガキの人」に会いに行った

出 版 社: 朝日学生新聞社

著     者: 山下みゆき

発 行 年: 2020年03月

朝顔のハガキ  紹介と感想>

この物語には「夕鶴効果」という言葉が登場します。「バタフライ効果」のように、特定の現象を説明するものですが、不思議なことを納得させるロジックとして、効果を発揮しています。「夕鶴」は木下順二の有名な戯曲です。その原案となっている民話「鶴の恩返し(鶴女房)」の「見てはいけない」ものを「見てしまう」ことで、全てが水疱に帰してしまう民話の常套を使って、「正体を知ってしまうと見えなくなる」現象を説明しています。これを「正体を知らないかぎりは見える」と逆手にとることで、物語の飛躍を生み出すところに面白さがあります。さらに「夕鶴効果」と名付けるネーミングセンスもなかなかのものです。荒唐無稽な設定なのに理屈ばっているあたりがユニークなのです。特定の場面だけではなく、この物語全体を解題する上でも、「夕鶴効果」は象徴性があります。主人公の祖母が気難しく、かなりエキセントリックな人物として登場します。ちょっと児童文学では登場しないような過激さを持ったキャラクターであり(シカゴシリーズのおばあさんとも一味違います)、その意固地さにも驚かされるのですが、彼女の過去が紐解かれることで、腑に落ちてしまうところもあり、そうなってくると意外と憎めなくなってくるのです。主人公の少年が、過去の経緯を知り、手に負えない祖母を御していけるようになるあたりの痛快さもあります。正体を知ると元のようには見えなくなる。小風さちさんのタイムファンタジー『ゆびぬき小路の秘密』なども思い出しました。気難しいおばあさんにだって、たいてい若い頃があり、色々と訳ありだったりするものです。

朝顔の絵が描かれた、ごく普通の暑中見舞いのようなハガキ。夏休みに遊びに来ませんかと誘うそのハガキを、祖母がこれはゴミだと、ビリビリと破り捨てたことに、小学二年生だった誠矢は驚きます。毎年、夏になると届くこのハガキを、宛先である祖母に見つからないように隠すことにした誠矢は、六年生になった今年、四枚目のハガキが届くことを楽しみにしていました。ところが、今年はそこに朝顔の絵はなく、差出人である人の奥さんが亡くなったということと、やはり遊びにこないかと誘う文面が綴られていました。この「ハガキの人」に興味を引かれた誠矢は、同じ学年の篤史に声をかけて、インターネットで差出人住所の航空写真を見せてもらい、その山奥の景色にも驚き、さらに関心を募らせていきます。おそらく親戚か何かだろうと思い、夏休みに訪ねてみたいと言い出したところが、祖母は猛反対。誠矢の貯金を没収し、さらにはハガキをしまった鍵付きの机を、誠也の母に命じてノコギリで真っ二つにさせるという暴挙に出ます。こうなってくると、逆に好奇心をそそられるもの。このハガキの人が祖母が若い頃、亡くなった恋人の父親であり、誠矢には曽祖父にあたるらしいと母親に聞かされ、ついに誠矢は一人、祖母の反対を押し切り、旅に出ることにします。鬼のような祖母と、恋人という言葉が全くつながらないと思っていながら、誠矢は、島根県の曽祖父の住む家に六時間かけてたどり着きます。さて、夏休みの田舎暮らしを満喫しながら、誠矢は思いがけない人に会い、過去に祖母が体験したことを知ることになります。祖母のキャラクターの強烈さと、意外な展開に驚かされっぱなしの楽しい物語。第10回朝日学生新聞児童文学賞受賞作です。

飄々とした性格の誠矢ですが、悩みもあります。父親が亡くなってから、誠矢を支えてきてくれた自慢の兄。その兄が中学校でいじめられているのを見て、悔しくなり、兄と喧嘩したことがきっかけで、兄が引きこもってしまったことに誠矢は責任を感じています。なんとか兄を再び、外に連れ出すことができないかと考えていたところ、相談に乗ってくれたのが「川の人」です。川に木の舟を浮かべて巡視しているこの青年は、絵が得意な誠矢のスケッチをほめ、兄のことについても真摯なアドバイスを与えてくれます。その、「川の人」に影がないことに気づいたのが、誠矢を訪ねて、島根に遊びにきた篤史です。その正体を知ってしまったために「夕鶴効果」が発動して、誠矢もまた「川の人」が見えなくなります。しかし、そのことが祖母が三十五年前、曽祖父の家を祖父と一緒に訪れたことにつながっていきます。この祖母の人生については、色々と考えさせられることがあって、祖母主観の物語も読みたいところなのですが、あくまでも子どもの視座から語られる家族の物語であることに妙味があります。これは、誠矢と篤史のそれぞれの主観で交互に語られることで織りなされる物語です。頭が大きくドラえもん体型のため、同級生に揶揄われていることを、誠矢には気取られたくない篤史。そんな彼のメンタルや、篤史視点で描かれる、泰然自若とした誠矢像も面白く、二人が次第に親友になっていくプロセスも見どころです。さて、それなりの変化はあるものの、怒れる祖母の怒りは結局のところおさまりはしないというのが、この物語のポイントです。決して、丸くなることも、許すこともしないという生き方を貫くことが潔いのです。日和らず、なあなあにせず、怒ることで人に真摯に向きあう姿勢もあります。というか、怒らないと伝わらないことがあるものですね。ていの良い良識的帰結に落とさず、そんな真理をずばりと書いていく気骨のある物語です。誠矢が言うべきこと言うことで祖母や兄に向かいあっていく姿が頼もしいところです。