林業少年

出 版 社: 新日本出版社

著     者: 堀米薫

発 行 年: 2013年02月

林業少年  紹介と感想>

「家」にこだわること。都会育ちの自分には、長男が家督を継ぐとか、本家と分家であるとか、親族の寄り合い的なものですら田舎の因習めいたネガティブな印象があります。しかし、この作品を読んで、ちょっと考えが変わりました。自分が嫌だなと思っていたのは、体面や面子にこだわる封建的で閉鎖的な「家」の在り方であって、この物語の「家」のような姿には思い至らなかったのです。何世代にも渡って「家」が続くからこそ守っていけるものがある。一族の利権どころか、赤字になっても、次世代に遺すものを守ろうとしている「家」もあるのです。小学生五年生の少年、喜樹の家は林業を営み、山林を所有していました。植えた木の苗が木材として出荷できるようになるには、五十年から百年の歳月が必要とされます。林業とは木を切り倒して木材にするだけではなく、長い年月を木と寄り添い育てていく仕事です。この物語は、喜樹が家業の真髄を知り、何世代にもわたって山を支えてきた「家」の矜持と、山に宿る命を体感していく物語です。

喜樹という名前は、祖父、庄蔵が待望の跡取りである孫に期待を込めてつけたものです。喜樹はその名の由来を知らないまま、祖父の期待を背負い、自分もまた祖父と同じ林業に就くのだろうと漠然と感じていました。コストがかかる林業は決して儲からず、喜樹の両親は別の仕事について家の生計を支えています。なので、家の家業を問われても、喜樹も林業だとは断言できずにいました。それでも祖父の仕事に対する態度を見るに及び、喜樹は次第に林業に興味を覚えていきます。木を育て、伐り倒し、売ること。祖父がそれぞれに真剣に取り組んでいることに、喜樹は心を動かされます。とはいえ、今度はお前の番なのだという祖父からの重い期待を、喜樹は受け止めきれてはいません。まだ自分の将来が見えない喜樹のかたわら、六つ歳上の姉、楓は進路希望を変更して農学部を目指し、林業に進みたいと宣言します。自分の心を測りかねている喜樹は複雑な感情を抱きながらも、姉を応援し、やがて自分が進むべき道を見極めていくのです。

林業というと、長い歳月を費やして木を育てることや、大怪我をしかねない危険な伐採などに関心がいってしまいがちですが、この物語で最初に語られる「相対」にこそ、林業の大切なスピリットを感じました。「相対」は木を買いたいという顧客との直接取引による料金交渉です。木を安く売り飛ばすことはせず、高く売りつけもしない。その木の本来の価値をわかる相手に、納得して代金を払ってもらうために、木を理解してもらう交渉を、祖父、庄蔵が行っていく姿に喜樹は憧れを抱きます。自分の労働を適正に評価してもらい対価を得ること、は当たり前のようでいて、とても困難なことだと働いている人は共感できると思います。価値があるものの価値を見極めてもらうこと。代金はその評価の証です。儲けたいだけのビジネスではない。ここには働く人間の矜持があります。喜樹が子どもながらこうした真理を学んでいくところに清々しさを感じる物語です。決して儲からない古い仕事を続ける庄蔵に呆れながらも、家族がその家業の意義を理解し、共に歩んでいこうとする姿や、両親の反対を押し切ってでも林業に就こうとする楓の決意など、人が誇りを持って働くことの理想を謳いあげた爽やかな物語です。