源平の風

白狐魔記1

出 版 社: 偕成社

著     者: 斉藤洋

発 行 年: 1996年02月

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主人公はキツネです。キツネ目線によって語られることで、理屈では測りきれない人間の心性が照射されていく、そんな物語です。後に白狐魔丸(しらこままる)と名乗る、人間に変化する神通力を身につけたキツネは、元はごく普通のキツネでした。いえ、人間の言葉を聞き覚え、意味を解することができるようになった、耳がよく、多分に賢いキツネでした。母親の元を離れ、独り立ちをした彼は、自分の居場所を人間の住む里村の側で、つかず離れず距離を保っていました。それが最も安全だと思っていたと同時に、人間に対する興味や関心があったのです。人間の言葉を聞き覚え、その話の内容を理解していくキツネ。とくに興味を覚えたのは、キツネが人間を化かす、という話です。寺の床下にもぐりこみ僧侶が子どもたちにする話に耳をそばだてていたキツネは、白駒(しらこま)山の仙人のもとで、長くて辛い、死ぬギリギリまでの修行をしたキツネこそが神通力を得られるのだという話を聞きます。賢いキツネはそんな話に半信半疑でありながらも、興味を惹かれていました。そんな折、キツネは誰も人のいない無人の里に入りこみます。なぜ人がいないのか不気味に思っていたところ、こんどは赤い布を棒につけてかざす何千もの人間が集まっているのを見かけます。それは合戦に臨もうとする兵士たちであり、見つかってしまったキツネは弓を持った三人の男たちに矢を射かけられます。窮地のキツネを救ってくれたのは、男たちを射殺した馬に乗った小柄な男とその仲間たちでした。それが源義経主従であり、彼らが平家の見張りを撃退した場面であったことをキツネが知るのは後のことですが、キツネはここで人間同士が殺しあう合戦を目にすることになるのです。キツネの目を通して語られることで、人間世界の不思議をあらためて考えさせられる物語がここから始まります。

さて、このキツネが、神通力を得て人間に変化できるようになる経緯が面白いところです。赤い布と白い布に分かれて争う人間同士の合戦を見届けたキツネ。今度は猟師に執拗に追われて、白駒山に迷い込み、またもあわやというところで、今度はとてつもなく大きな白いキツネに助けられます。飛んでいる矢を止め、猟師の動きを封じてしまった大ギツネに、キツネは白駒山の仙人について尋ねますが、その大ギツネこそが仙人が変化した姿だったのです。仙人はこのキツネが人間の言葉をわかることに興味を持ち、自分の元で暮らすことを勧めてくれました。こうして、キツネは仙人に弟子入りすることになるのですが、仙人は普段、若い里人の姿をしているし、キツネに厳しい修行をさせようともしない、らしくないもない仙人なのです。滝にうたれるぐらいなら、滝の水をおいしく飲んだ方がいいなどという仙人の言葉にキツネは拍子抜けします。殺生と修行が好きではない仙人は、どうにものんびりしているのですが、やがてキツネに人間に化ける方法を教えてくれます。尻尾だけはどうしても消すことができないままとはいえ、なんとか人間に化ける術を習得したところで、里心のついたキツネは、仙人にふるさとに帰ることをすすめられます。こうして、すべてお見通しの仙人は、キツネに白狐魔丸と名付け、広い世界に送り出してくれました。人間に化ける力を身につけ、言葉もしゃべることもできる白狐魔丸は、果たして、この後、何を見聞することになるのでしょうか。

理知的で好奇心の強いキツネである白狐魔丸。その目が捉える人間の営み。何故、人間は馬鹿げた戦などをするのか。観察者である白狐魔丸もまた、人間との関わりの中で、自分も理不尽な感情に焦がされていきます。イタズラ心から僧侶に化した白狐魔丸は、僧侶を訪ねてきた源義経と再会します。かつてまみえた頃の、平家に幾度もの戦勝をあげていた登り坂の義経ではなく、兄である頼朝に追われ、逃避行中の落日の義経です。白狐魔丸には、兄が弟を殺そうとすることも理解できませんが、義経には、戦がうまいだけではなく、人を惹きつけるなにかがあると感じていました。追われる立場に身を落としても、家来たちに慕われる人柄とその威風に白狐魔丸は惹かれ、キツネの正体がバレてしまったにも関わらず、義経に同行することを選びます。白狐魔丸は、義経の家臣の中でも佐藤忠信という武士と親しくなり、話をするようになります。しかし、忠信は義経をなんとか逃そうと、自ら犠牲となり追っ手を足止めしようと試みます。白狐魔丸に激しい感情が湧き起こります。人間の理不尽な気持ちを受け止め切れないまま、自分もまた衝動につき動かされていく白狐魔丸。一体、人間は何故、こんな行動をとるのか。白狐魔丸自身が義経のために奮戦しながらも、結局はこの戦いに大義などなく、本来は戦うことではなく、戦いを避けることこそが大将の務めではないかと思い至ります。ここから長い時間に渡り人間の戦いの歴史を見続ける白狐魔丸の物語の序章です。考え深い白狐魔丸のキャラクターと人間たちとの距離感が絶妙で、その会話ややりとりの面白さにぐんぐんと読まされてしまうこと請け合います。