物語を継ぐ者は

出 版 社: ‎祥伝社

著     者: 実石沙枝子

発 行 年: 2024年07月

物語を継ぐ者は  紹介と感想>

突然の事故で亡くなった伯母さんの遺品整理のために、母親と一緒に伯母さんの住んでいたアパートを訪ねた中学二年生の女子、結芽(ユメ)は、狭い部屋を埋め尽くす本の山に驚かされます。そこには結芽好みの本が多く、特に大好きだったファンタジー児童文学『鍵開け師ユメ』シリーズがあることにも嬉しくなります。しかし、どうもおかしい。本は複数冊あるし、作者のイズミ・リラ先生へのファンレターが大切そうにしまわれているし、その中には、かつて自分が作者宛に出した手紙があることも結芽は発見します。生前はその存在すら知らされていなかった伯母さん。二歳上の実の姉でありながら、仲が良くないらしい結芽の母親は、パート勤務で社会性もなく、こんな狭いアパートで一人で暮らしていた伯母さんを辛辣に批判します。伯母さんが、実はイズミ・リラなのではないのかという疑問を口に出すことはできなかったものの、結芽は泉美(イズミ)おばさんこそが、イズミ・リラであることを確信します。伯母さんのまだ新しいパソコンを譲り受けることにした結芽は、そこに保存されていた発表前の原稿を発見します。『鍵開け師ユメ』シリーズの五巻目にあたる作品。これを読めることに、結芽は歓喜しますが、同時に、完結作となるはずの六巻目を読むことができないことにも気づかされます。さて、ここで本書のタイトルが回収されます。「物語を継ぐ者」は一体、誰であったのか。小学生の頃にいじめられていた自分が、この物語に支えられ居場所を見つけることが出来たこと。中学校に入って、この物語を通じて親友が出来たこと。多くの恩恵を与えてもらった大好きな『鍵開け師ユメ』のために、結芽は、この物語を受け継ぎたいと思うのです。物語世界と結芽のリアルライフが並行しながら、物語を紡ぐことと、家族との不和を抱えていた伯母の人生への想いを馳せる、ロマチックであり結芽の興奮が伝わってくる胸躍る物語です。一般書の体裁で刊行されていますが、実に児童文学で、むしろ主人公の同世代のリアル中学生の目に触れて欲しい作品です。

泉美おばさんのパソコンにしまわれていた刊行前の『鍵開け師ユメ』の五巻を読んだ結芽は、おばさんがイズミ・リラだという大ニュースを、このシリーズの大ファンである学校の友だちの琴羽に伝えます。この突然の事故死を出版社にも知らせるべきだという琴羽のアドバイスで、メールアドレスから担当編集者にコンタクトをとった結芽。驚く編集者と作者を偲びながらも、自分がどれほどファンで、この続きが読みたかったかと伝えたところ、それなら自分で物語の続きを書いてみるのはどうかと言われ、結芽は戸惑います。文芸部に所属しているものの物語を書いたことはない結芽。しかし、まるで自分が主人公のユメになったように物語の世界を疑似体験したことから、結芽は書きたい気持ちを募らせます。物語の続きを楽しみにしていたのは誰よりも自分だったのです。こうして結芽は琴羽にも協力してもらい、シリーズを読み返しては、潜められた謎や伏線を回収し、キャラクターを理解しながら、来るべき結末へと物語を書き進めていきます。またそれは、作者である泉美おばさんにアプローチすることでもありました。現実的な性格の結芽の母親や祖母とソリが合わず、家で居場所のない思いをしていた泉美おばさん。内気でロマンを愛する自分の資質がおばさんと重なることを感じながら、結芽は自分と母親との関係を、あるいは伯母さんと母親との関係を再構築していきます。作中物語もまた面白い。二重構造が楽しめる作品です。

遺品整理から書き残されていた小説が発見される、というと、芥川賞候補作にもなった『小説伝』(小林恭二)が思い出されます。孤独な老人が大容量ディスクに書き残した尋常ではない長さの長編小説を誰も読み通すことができない中、様々な社会現象が巻き起こる近未来小説でした。30年以上前の作品ですので、そこで想定されている近未来よりも現代の方が科学が進んでおり、人が読まなくても、AIがどんな長編小説も的確に要約してくれるのではないかという期待があります。もしかしたら、未完のまま著者が逝去された作品もAIが多くのフィードを吸収することによって、著者同然の続きを書いてくれるのではないか。作者逝去による未完の作品といえば、児童文学の世界では乙骨淑子さんの『ピラミッド帽子よさようなら』が有名かと思います。他の人によって補完されたバージョンもあると聞いていますが、それにはちょっと複雑な気持ちを抱いてしまうものです。完結させた人も覚悟が必要だったでしょう。この物語の中で、書き継がれた物語は、イズミ・リラを離れて、あくまでも結芽の作品です。素人が書いたとか、精度の問題ではなく、込められた想いは、書いた本人のオリジナルだと思うのです。なによりも続きを書きながら、十四歳になった結芽は、自分が十歳の頃に救われ、夢中になったこのシリーズから、そろそろ卒業する予感を抱いています。万感の想いを込めて、ユメの物語を完結させる結芽。本書では、同じ文芸部の子たちが二次創作に夢中になっていることをやや軽視したような見方を結芽はしています。一方で、結芽がユメの物語を書き継いだこととは、どこが違ったのか。結芽が物語を継いだというのもただの自己満足で、琴羽以外は誰が読むものでもありません。無論、出版されるようなものではない。ただ、結芽がこの物語に向き合った結晶がここには残されていきます。物語への愛の表現は色々です。物語に愛を抱くということの尊さもあります。それは、それぞれの読者が持つ読書のストーリーであり、そこにもまたドラマがあるのす。物語の終わりに、高校生になった結芽が、自分で自分の物語を書き始めている姿が描かれます。伯母さんの存在はやや謎めいたままであり、すべてが明らかになるわけではありません。だからこそ、読者の心に結ばれるものもあります。そんな想いを巡らせることのできるロマン溢れる物語です。