出 版 社: 小学館 著 者: ジョー・コットリル 翻 訳 者: 杉田七重 発 行 年: 2020年06月 |
< 秘密のノート 紹介と感想>
小学生の時、男子に身体的特徴をからかわれても、それをさらりと気の利いたジョークでかわして周囲を笑わせしまう女の子がいて、なんて頭の回転の早い子だろうかと感心していた記憶があります。自分がそんな目にあったら、凹むか、憤慨するかの二択しかなく、その子のことをすごく大人だと感じていました。とはいえ、その子の心中がどれほど穏やかだったのか、当時は想像さえしなかったのです。その子のことを思い出したのは、そんなふうにからかわれがちな女の子が本書の主人公だからです。太っていることで「セイウチ」と呼ばれても、とっさにセイウチのモノマネまでして、ボケたおしてしまうジェリー。周囲は爆笑の渦だけれど、自分で笑わせておきながら、彼女は内心、激しく傷ついています。でもそれは誰にも知られてはならない秘密なのです。ジェリーといえば、先生たちのモノマネが得意で、ハメを外しがちな陽気な子というのがパブリックイメージです。からかわれて傷ついても、そんな素振りは見せず、怒ることだってしない。それでも、何度も頭の中に響く言葉を、心に刺さったトゲを、どう飲み込んだらいいのかはわからないのです。ジェリーはそんな時、秘密のノートにピンクのペンで、自分の思いの丈を、詩にして書き綴ります。悩みなんてないふりをして、いつもピエロを演じて、皆んなを笑わせているクラスの人気者のジェリー。自分の本当の気持ちに目を背けていたジェリーが、心の中に閉じ込めた言葉を、やがて解き放つ時がきます。なんとも愛おしく、いたわしさを感じてしまう物語です。
ジェリーことアンジェリカ・ウォーターズは十一歳。先生のモノマネが得意で、クラスの友だちからもリクエストされるほどです。夏学期の終わりに学校で開催されるタレントショー「Kファクター」のオーディションを勝ち抜いて、全校生徒の前でパフォーマンスをすることをジェリーは夢見ていました。みんなの前でおどけて見せる人気者のジェリーですが、実は自分の太った体型を凄く気にしていて、ぞんざいな言葉をぶつけられれば深く傷ついています。とはいえ、そんな繊細な自分は誰の目にも触れないように隠していたのです。恨みがましい気持ちは、秘密のノートに書き綴るだけ。シングルマザーでジェリーを育てているママにだって気づかれないように気をつけています。タレントショーに何の演目でエントリーするか考えあぐねいていたジェリーが、偶然、カフェで出会ったのはレノンという男性でした。ジェリーが披露するモノマネを褒め、その才能を讃えてくれたレノンが、実はママと新しくつきあいはじめたパブで歌っている歌手だと知りジェリーは驚きます。これまでママがつきあってきた、横暴なタイプの男性たちとは全く違うレノン。自分が子どもだった頃の悩みを打ち明け、新しいことを学ぶことの楽しさ、大好きなことを見つけることの大事さをレノンは教えてくれます。ジェリーはそんなレオンを大好きになり、誰にも秘密にしていたノートを見せます。そこにはジェリーの本当の気持ちが見事な詩で綴られていました。ジェリーの才能に驚いたレノンは、その詩に曲をつけ歌にしてくれました。ジェリーの詩だと知らないまま、その歌を聞かされたママも感銘を受ける出来映えでした。ママとレノン、二人の関係は上手くいきそうに見えたのですが、思わぬ破局が待ち受けています。集中力に欠け、ふざけてばかりいると先生たちにも思われていたジェリーの、その豊かな感受性や才能を教えてくれたレノン。彼を失ってバランスを崩したジェリーは、大きな失敗をして、折角、出演が決まっていたタレントショーにも出られないことになります。もちろん、そうしたトラブルがあってこそ、主人公は力強く成長するのです。自分の内面をさらし出し、心の裡を人にわかってもらう勇気をジェリーが奮うラストまで、悩み多き女の子の物語の行方を是非、見守っていてください。
近年(この文章は2022年に書いています)、「自己肯定感」という言葉がキーワードになっています。自分に自信が持てず、卑屈になりがちで、それによって、誤った人生の選択をしてしまう人たちの心の問題がクローズアップされています。物語はジェリーの心の軌跡を描き出していきますが、気になるのはジェリーのママもまた自己肯定感が低いことです。美人で仕事もできるのに、自分に自信がなく、尊大で身勝手なタイプの男たちとばかり付き合っては、結局、別れることになってしまうママ。自分が大切にされるべき存在だということを実感できないのは、その成育歴に原因があります。やはり尊大で人を見下しがちな父親に、旧弊した価値観を押し付けられ、頭ごなしに批判されて育ったママは、結局、父親のような男たちと付き合い、機嫌をとることでしか自分の存在に価値を見出せないのです。そして、レノンのような深慮のある男性から自分が愛され、大切にされることを信じられないのです。大人になっても父親を恐れ、何も言い返すことができなかったママが、母親としてジェニーを守るために、これまでの自分の壁を破っていく姿もまた胸を打つものがあります。児童文学には、怒りの衝動を抑えられない子どもたちが主人公になることもあれば、怒りを解放できない子どもたちが主人公になることもあります。そこにリベラルな魂を持った大人が現れて、正しく導いてくれることも常套ですが、大人もまた必ずしも健全な存在だとはいえません。とはいえ、子どもたちを励まし、力づけようとする時、大人たちも思わぬ力を発揮できるものかも知れません。そんな希望にも出会える物語です。