出 版 社: あかね書房 著 者: さとうまきこ 発 行 年: 1973年 |
< 絵にかくとへんな家 紹介と感想 >
野村まち子。十二歳、二十一キロ。あだ名はガイコツ。あるいはマッチ。マッチ棒みたいにガリガリに痩せているからです。嫌なのは学校の体格検査で自分の貧弱さを意識させられてしまうこと。気が弱く、つい同級生の言いなりになって、いやな遊びや、冒険ごっこに付き合わされてしまう自分に嫌気がさしています。そんなまち子の気晴らしは、通学電車の車窓から見かける家のことを考えること。庭にブランコが見える、そのまっ白い二階建ての家は、ブロック塀で囲まれて、イギリスの衛兵の帽子のような木が六本立っています。雨戸がいつも閉まっているので、恐らくは空き家だろうとまち子は思っていました。両親は交通事故で死んでしまった設定にして、わけもなく好きになったこの家に、たったひとりで住んでいる自分を想像するのです。そんなことを考えてしまうのは、友だちに恵まれず、哀しくみじめな気持ちをごまかそうとしていたからかも知れません。手酷く友だちに裏切られた日、あの家に行ってみようと決意したまち子は、いつものひとつ手前の駅で電車を降ります。歩いてようやく探し当てたその家。空き家だと思ったそこには、数人の男女が息を潜めていました。しかも、その中の一人は、まち子に児童館の教室で英語を教えてくれていたミス・ミヤだったのです
白い家の秘密。ここには一人の外国人の青年が匿われていました。ミス・ミヤたち日本人青年は、彼をここで守っていたのです。何も事情を知らされないまま、この家で見たことを、お父さん、お母さんに言ってはいけないと口止めされ、追い出されたまち子。しかし、友だちにつきあわされたくだらない度胸試しの遊びではない、本物の冒険を引き寄せてしまったまち子は、はやる気持ちを抑えられません。再び、あの家を訪ねて、外国人の青年と言葉を交わし、ジミイという名前と、あの日本人青年たちが何かをたくらみ、行動を起こそうとしていることを知るのです。それが具体的にどんなことなのか、まち子が知るのは、祭日の新宿駅前で起きた暴動がきっかけとなります。右翼が街頭宣伝をかけ、一方で、左翼の黒ヘルメットの運動家たちがなだれ込み、機動隊がそれを包囲する大混乱になった新宿駅。偶然、母親と新宿に買い物に来ていたまち子は、その喧噪の中で、ベトナムの平和運動をするミス・ミヤと再会します。催涙ガスが放たれ、パニックになる駅前広場で、警察に捕まるミス・ミヤに封筒を託されたまち子。それは、あの外国人の青年ジミイを逃がすための逃走資金でした。いったいジミイは、どこに逃げるのか。うまく伝わらない言葉を交わしながら、「シーユーアゲイン」という意味のわからない言葉を、まち子はジミイから贈られます。そして、まち子には良く理解できなかったこの事件の全容は、後日のテレビ放送により明らかになるのです。
ベトナム戦争に送られるアメリカ兵を日本に駐屯している間に脱走させる活動を行っていたミス・ミヤたち日本人青年は、世間に驚きを与えようと計画していました。テレビを通じて語られた事実。まだ十八歳だったジミイは徴兵され、ベトナム戦争で傷つき、聴力を損なっていました。戦禍で手足を失ったベトナムの子どもたちの悲惨な光景を伝えるジミイのテレビ会見を見た、まち子は、はっきりとした現実として、今も世界で続いている戦争をとらえていきます。太平洋戦争が終わってから四半世紀がたった日本。腕のない人たちがアコーディオンを弾きながら募金箱を差し出す光景に電車の中で遭遇して、わけもわからず恐れおののいていた、以前のまち子。戦争とはすでに距離がある現在の日本。それでも、次第にまち子の心の焦点は絞られていきます。もし、今、戦争がはじまったら、お父さんは徴兵されるのだろうか。先生はどうなるのだろう。まち子は、ベトナムで起きていることを、青年たちの活動によって知り、より現実的に戦争を考えていくことになります。学校でつまらない友だち関係に悩んでいたまち子は、世界にある本当の恐怖を知り、新たな覚悟を抱くようになります。さとうまきこさんのデビュー作は「反戦、そして平和と愛」を訴える力強さを持ったものでした。子どもたちの人間関係の難しさをじっくりと描いた児童文学的導入から始まり、次第に謎めいた展開になっていく物語には引き込まれます。子どもたちの目にも、激しく行われていたデモや社会運動が映っていた時代。児童文学はこうした社会背景をも取り込み、真実をうがち、子どもの目に世界を見せるものでもあったのです。