出 版 社: 新日本出版社 著 者: みおちづる 発 行 年: 2016年07月 |
< 翼もつ者 紹介と感想>
少年が厳しい軍事鍛錬を受けて兵士になる未来の物語、といえばハインラインの『宇宙の戦士』やスコット・カードの『エンダーのゲーム』などの著名なSF作品が思い浮かびます。鍛練によって力をつけていく過程の小気味良さはあるものの、それが人としての成長なのかどうかは疑問があります。英雄になる前に壁にぶつかってしまうのが、戦士になりきれない少年という存在でしょう。この物語の主人公の少年、ノニもまた軍人として訓練を積み、精鋭部隊に配属されるほどの頭角を現します。しかしその立場を捨て、己の信じる道に歩みだし、いや、飛びたっていくのです。遥か未来を舞台にした物語ですが、主人公の葛藤や苦悩はシンパシーを感じるものです。架空の未来は過去の、そして現在の写し絵であり、人間の本性が変わらないかぎりは行き着いてしまうだろう隘路の先の行き止まりです。国家の統制と思想教育、そして弾圧と粛清。いつか見た未来がここにあり、それは来るべき未来なのかも知れないのです。これもまた戦争児童文学の新たな試みです。超未来の世界を舞台にしても、芯となるのは人間のブレない倫理観であり、正しさを信じる気持ちです。ひとつの寓話として胸に刻まれる物語だと思います。
最終戦争の後も人類が滅びなかったのは、地下シェルターに潜み、700年もの長い年月をその中で耐え忍んだ人々がいたからです。汚染された地表が浄化され人が住めるようになった頃、ようやくシェルターを出た人類は、再び、旧時代と同様の過ちを犯し始めます。十万人規模の巨大シェルター、オルテシアから開放された人々を祖に作られたオルテシア共和国は旧時代の知識を囲い込み、一部の特別市民という特権階級が支配することで、国家を統制していました。それに敵対するのは、中小シェルターの共同体であるカザール自治連邦。オルテシア共和国の辺境に住み、貧しい暮らしをしながら学舎に通う少年ノニは、国家に服従を誓うことだけを教える学舎に疑問を抱いていました。しかし、そんなことを口に出そうものなら、思想犯として矯正施設に送られてしまいます。窮屈な生活の中、空を飛ぶことへの憧れを抱いていたノニは、友人のイアンとともに旧時代の遺構の図書館に迷い込み、そこでかつて存在したという翼を持ち空を飛ぶ、翼人のことを知ります。そして、人間は本来、翼人としての因子を持っており、薬物の投与によって翼が生えないように国家から操作されていることも知るのです。しかし、突然変異で翼が生え、翼人となってしまう人間もいました。翼人となり、空を飛びたいというノニの願いは、やがて叶うことになります。それは、国家への反逆を意味しており、追われる身となったノニは、今まで知らなかった広い世界へ旅立つことになります。孤独な飛翔を続け、放浪するノニが見聞きしたものは、今まで教えられてきた歴史とは違う、この世界の真実だったのです。
二転三転する物語は、運命に翻弄されるノニに決断を迫っていきます。迫害されていたはずの翼人は、国によって戦士にされ、この戦争に終止符を打つための役割を担わされようとしていました。国に保護され、軍事教練を受け、翼人としての能力を高く評価されたノニ。しかしながら、あの放浪の日々に知った事実によって、国の施策の誤りにも気づいていました。厳しい訓練をともに受けた仲間たちから一人離れてでも、自分の信念を貫き通すこと。全体主義国家の中で、その決断をすることの勇気を思います。国の価値観に沿い、流れに乗っていられれば、それでいいのではないか。いえ、状況に流され、判断力を失った人間を、この物語は痛烈に批判します。自分は何のために飛ぶのか。それを考えること。腐った世界が勝利することは阻止しなければならない。どうせ何もできないと諦めず、自分にどんな不利益があっても、信念を貫いていく。美しい自己犠牲ではなく、それがやりたいことだからやる。明確な意志を持って飛び立とうとする人を、物語は後押しします。未来世界に投影された、旧来の「戦争」の構図。物語が問うのは、我々がこうした未来に進まないという強い決意があるかどうかなのです。みおちづるさんのデビュー作である『ナシスの塔の物語』を読んだ際に、どこか宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』を想起させられたのですが、この作品にも同じ印象があります。そんなスピリットを是非、感じて欲しいと思います。