出 版 社: 講談社 著 者: 飯田栄彦 発 行 年: 1975年 |
< 飛べよ、トミー! 紹介と感想 >
春休み最後の日に開催される、ちびっこ飛行機大会に向けて準備を続けてきた透と友人の木乃。図工が苦手ながらも模型飛行機づくりにかける情熱だけはある二人は、今年こそはと入賞を狙っていました。この春、六年生になる徹と木乃にとっては大会への参加資格のあるラストイヤーだったのです。二人が製作しようとしている「白い子馬」号は、翼長が2800ミリという巨大なもの。部屋で組み立てたのでは外に持ち出すことができないために、海辺の断崖の横穴に材料や道具を運び込み、ここを「白い子馬」号の格納庫にしようと決めます。大会を二週間前に控えた雨の夜、材料が濡れることを心配して格納庫を見にきた透と木乃は、一人の白人青年がひざを抱えて座っていることを、発見します。ここから出ていってもらいたいと思いながら、なんとか青年とコミュニケーションしようとする二人でしたが、どうにも意思が通じません。そこに、透の姉でミッションスクールに通っている高校二年生の玲美が心配して弟の様子を見にやってきます。玲美のおかげでわかったのは、この青年がベトナム帰りの米軍の脱走兵ということだったのです。
透の家で家族会議が開かれます。議題はあの白人青年をどうするかということについてです。彼の名前はトミー、19歳。牧場で子馬を育てていたという心やさしい青年でした。徴兵されベトナムでの戦争に従軍させられた後、一時的に日本に寄港した際に脱走したのです。玲美の学校では、授業でベトナム戦争のことをとりあげた若い教師が首になりかけて、生徒たちがストライキをして阻止した事件があり、ベトナムへの関心が彼女の中で高まっていました。戦争の被害にあって傷つきながらも強く生き抜いているベトナムの子どもたちについて書かれた本を読み、自分でも何かできないかと思っていた玲美。たった二歳年上のトミーが、あの戦争に参加させられ、傷ついている姿を見て、彼をかくまおうという決意をします。脱走は戦前の日本なら銃殺です。現在だって捕まれば、刑務所入れられ重労働を課される重罪です。それでも、なにかしなければならないという使命感から、玲美は両親を説得します。玲美の毅然とした態度が、最初は戸惑っていた父や母の気持を深く揺り動かします。こうして、両親と子どもたちは協力して、一家でトミーをかくまう覚悟を決めました。米軍の脱走兵を中立国に逃がす活動をしている委員会が日本にはあり、人道的な反戦活動の一環としてごく普通のサラリーマン家庭が協力して一時的に脱走兵をかくまうこともあったという時代です。しかし、日本の警察にも追われている脱走兵をかくまうことは、一般庶民にはかなりの難題です。よほど意思を強く持たなければ果たしえないミッションです。委員会がトミーを迎えにきて、逃がすまでの二週間、なんとか、この家でかくまって欲しいと依頼を受けた一家は、果敢な挑戦をすることになります。
やや年配の透の父は、太平洋戦争に従軍したことがあり、母も子どもの時分に戦争を体験しています。それでも、両親は子どもには自分が体験した戦争を、これまで子どもたちに語ってきませんでした。それは、あまりにも重すぎる体験であったからです。終戦から30年近くたった時代。子どもたちとっては遠い戦争。しかし、ベトナムの体験で心を病んでしまったトミーを間近に見ながら、両親もまた、トミーと、ベトナムの戦禍の中にいる子どもたちに心を沿わせていきます。ベトナムの子どもたちを殺してしまったトミーは、その罪に慄き震え続けています。透の父はトミーに、やはり太平洋戦争で従軍して中国で体験したことを話してきかせます。その内容は透たちにはまだ明らかにされませんが、いつか語られる予感がここにあります。母から聞いた空襲で亡くなった祖母の話や、父が戦争から生き残って日本に帰ってから医師を目指した話を聞き、透は透なりにトミーを励まそうと思います。「白い子馬」号を組立て、そのテスト飛行をトミーに見せたいと思ったのは、模型飛行機の飛び立つ姿をトミーに重ねていたからです。戦争はいけないし、許せないけれど、子どもである自分は、今はただ逃げろとしかトミーに言うことはできない。体を張って戦車を止めることは難しいけれど、それでもできることはある。この物語は、ちびっこ飛行機大会の後日談として、思い出の中のトミーについて語られる場面から始まります。少年たちの叙情的な情景からはじまる物語は、実際にある重い現実の壁を、美しい表現で、まざまざと目の前に見せてくれます。