ウソつきとスパイ

Liar & spy.

出 版 社: 小峰書店 

著     者: レベッカ・ステッド

翻 訳 者: 樋渡正人

発 行 年: 2015年05月


ウソつきとスパイ  紹介と感想 >
味覚テストの実験薬は苦いけれど、ものすごく苦いと感じる人もいれば、まったく苦さを感じない人もいます。なんてことを言うと、なんだか含蓄がありそうだけれど、これが真理を暗示しているものかどうかはわかりません。人によって、そういうこともある、ぐらいのことかも知れません。この物語にも複雑な仕掛けがあって、その仕掛けが解けたところで見えてくるものには、なにか意味がありそうな気もするのですが、ただ、期待感だけが宙に浮いているような気もします。実体がはっきりとしない。何かが描かれていたような気がする。そこが、この作品の魅力を上手く説明できないもどかしさです。例えば、ウソつきであることについて。普通、ウソつきはダメです。逆説的に良しとされてしまうのが物語というものですが、人にウソをつくことは、自分にウソをつくことと同じぐらいダメなことです。なんて言うと含蓄がありそうな気がしてくるでしょ。この物語は非常に思わせぶりなのです。核心は描かれないままなのに、色々なサムシングを与えられてしまうのです。得がたい物語を読んだような気がします。でも、説明が難しいのです。そういうところが、なんか、凄くカッコいい小説だなあと思います。

父さんが仕事をクビになったことで、家を売ることになり、ジョージは古いマンションに引っ越すことになりました。看護師の母さんは病院に行ったきりで、なかなか帰ってこられず、ジョージはとても寂しい思いをしています。学校でも、親友だったジェイソンが学校のイケてる子のグループと付き合うようになって、自分にはそっけなくなり、それもまた淋しいのです。とはいえ、新居となったマンションで、ジョージは同い年ぐらいの、変わった男の子と知り合います。彼の名はセイファー。ちょっと個性的な教育方針の家の子で、自分の意志で学校には行っていません。彼から持ちかけられたのは、同じマンションに住む不審人物であるミスターXを監視することでした。ジョージはセイファーのスパイ・クラブの一員に迎えられたのです。いつも黒づくめのあの男は、スーツケースに死体を入れて運び出そうとしているのかも知れない。その悪事を妨げるためには、スパイとしての心得と訓練が必要です。セイファーから無茶な指示を受けながら、ジョージも次第にこのスパイ活動に、はまっていきます。やがて、ジョージは黒づくめの男とエレベーターで二人きりで遭遇する危機一髪の状況を迎えることになるのですが、無論、意外な結末を迎えるのが、物語というもの。ユーモラスな会話や小さなエピソードセンスの良さも楽しめる、非常にウィットに富んだ作品です。

ずっと病院にいる母さんと顔を合わせて会話ができないジョージが、夜、机の上にスクラブル(文字を合わせて遊ぶゲーム)のアルファベットのコマを並べてメッセージを送ると、翌朝、同じようにコマを並べた母さんからの返信があります。このやりとりが、なんか良いんですね。学校での人間関係もちょっと複雑で、横暴な同級生にいじめられたり、友だちと上手くいかなかったり、色々と切ないことがあります。それでも、ジョージと両親との情愛があるので、読んでいて救われます。だから、母さんと会えない寂しさも、より切なく伝わってくるんですね。セイファーは本人だけでなく、家族もとてもユニークです。妹のキャンディや兄のピジョンとセイファーのやりとりも面白いのです。変わった教育方針で育った彼らの感性もまた、ジョージに刺激を与えます。学校では目立たず、まあイケていない方にいる、内省的で豊かな感受性を持った少年の独白は、YA作品の直球と言ったところですが、この物語自体はなかなかの変化球です。「きみに出会うとき」でニューベリー賞を受賞した著者は、あの作品と同じように、謎めく物語をリアルな日常物語の中で展開して、ちょっとしたどんでん返しを与えてくれます。学校や友だち、そして家族との関係性のちょっと不思議な描き方に、なんだか嬉しくなる作品です。いや、どこが面白いのか、はっきりと説明できないのだけれど。