生きのびるために

The breadwinner.

出 版 社: さ・え・ら書房

著     者: デボラ・エリス

翻 訳 者: もりうちすみこ

発 行 年: 2002年02月


生きのびるために  紹介と感想 >
生きのびるためには、水や食料、もちろんお金も必要です。しかし、それを手に入れるには、外の世界に出ていかなければなリません。タリバン政権下のアフガニスタンでは、女性が一人で外出することや、外で働くことは禁じられています。突然、タリバン兵に父親を連行されてしまったパヴァーナの家族は、途方に暮れ、それでも生きのびるために、誰かがカブールの町に行き家族の生活を支えなければならなくなりました。母親や姉、赤ん坊の弟には無理なことが、女の子ながら十歳のパヴァーナには可能でした。それは少年の格好をして、町でお金を稼ぎ、食べものを入手するということ。タリバン兵に見つかれば、容赦なく断罪され、処罰を受けるでしょう。何分、ここは物を盗んで捕まれば、盗んだその手を斬り落とされる世界なのです。果たして、少年のふりをした少女は、この過酷な世界で家族とともに生きのびることができたのか。決して、胸のすくような冒険譚にはなりえない、熾烈な冒険が始まります。

パヴァーナの唯一の武器は「教養」です。教師であった父親と、ラジオ局に勤めていた母親のもとで、かつては豊かな暮らしをし、学校にも通い十分な教育を受けていたパヴァーナ。文字が読めない人が多いアフガニスタンで、国で使われているいくつかの言語の読み書きができることは、かなりの優位点でした。なんども家を爆撃で失い、学校も爆撃で破壊され、その際に片足も失ったパヴァーナの父親は、カブールの町で手紙の代読や代筆をすることで、生計を立てていました。義足のない父親の杖となって、仕事を手伝っていたこともあるパヴァーナは、少年のふりをして、父親の仕事を引き継ぎます。時にタリバン兵から手紙の代読を頼まれ、残酷なだけの存在と思っていた彼らもまた、心の裡に哀しみを抱いているのだと知ってしまうこともありました。同じように少年の格好をして町に働きに出ていた同級生の女の子ショーツィアと二人で恐ろしい仕事を請け負うことになったり、毎日を生きのびること自体が、薄氷を踏むような危険と隣り合わせの冒険。しかも、全然、ワクワクしない。「男の子みたいな街の冒険者」のロマンティシズは皆無。ただ、この世界を生きのびようという決意と、それでもパヴァーナが獲得していく世界の広がりに、なんだろう、とても震撼させられる作品です。「生きる」ということが形而上学的な問題ではなく、もっと根源的な生存への意志であることも考えさせられます。

物語が書かれたリアルタイムから時間を経て、その後に起きたことを踏まえ、ひとつの現代史として概観すると、物語もまた不思議な味わいがあるものです。アフガニスタン情勢は刻々と変わっています。児童文学作品の中で、その渦中にいる子どもたちがどうやって窮状を生き抜いたかは、多くの作品で見ることができます。この物語では二十世紀最末期のタリバンの実効支配の圧政が浮き彫りにされています。自由は厳しく規制され、女性は学校どころか外出も禁じられ、男性もまた相応のふるまいが求められています。理不尽が横行し、パヴァーナの父親も、はっきりとした理由もわからないまま、突然、連行され刑務所に入れられました。こうした世界を受け入れざるを得ない子どもたちがいて、その心が感じとったものを捉える児童文学がここにあります。この物語の後には、アルカイダの同時多発テロが発生し、タリバンとアメリカとの戦闘が繰り広げられました。パヴァーナはその時代をどう迎えたのか。物語の終わりに、離れ離れとなるショーツィアと20年後の再会をパヴァーナは約束します。『未来は未知のまま、パヴァーナのまえにつづいていた』と結ばれる物語。今、この感想を書いている地点が大体、その20年後です。登場人物も、作者さえ想像しなかった未来を、読者である私たちは知っています。物語と時間のパースペクティブが織りなすものを、こうした過去の作品の読書から得られることもありますね。なお、本書には二冊の続編が刊行されています。また、紹介をアップしていきたいと思います。