きみといつか行く楽園

Little Chicago.

出 版 社: 徳間書店

著     者: アダム・ラップ

翻 訳 者: 代田亜香子

発 行 年: 2008年05月


きみといつか行く楽園  紹介と感想 >
結果として「とんでもないことをしでかした」人の、その事件的な行為にいたるまでの心の動きを、わかりやすく説明することは難しいものです。ニュース報道で「詳しい動機を調べています」と言われても、そんな「詳しい動機」なんて存在するのかと思うこともあります。条理では理解できない感情や、心の動きも存在します。失われてしまった常軌の果ての犯罪の動機が「常軌の言葉」で説明がつくものなのか。あの子ども時代の、うすぼんやりとして、靄がかかったような心のあり様や、突発的な衝動についても、言葉で語られる時、その核心はおおよそ失われてしまうのではないかと思います。逆に、理解を超越したところにある、心の宇宙や、世界への眼差しを描く物語に触れた時、その児童文学的緊張感にドキドキします。要は、わかりきった答えや、正論なんて聞きたくなくて、不条理だけれど共感できる「物語でこそ語られる」ものを見たいのです。本書『きみといつか行く楽園』は、心をギュっと鷲掴みにされる、そうした興奮に満ちた作品です。「性的イタズラにあった少年が、そのことを友人に知られて、学校でイジメられるようになり、同じ境遇のイジメられっ子の女の子と親しくなる」なんて、上っ面のストーリー説明は「わかりやすさ」を求める大人たちへのカムフラージュかも知れない。主人公の途切れがちな言葉と断想は、子ども時代の感覚のモンタージュを見せてくれます。かなり飛ばしていて、刺激的。これは確信犯的に児童書レーベルから発行された挑戦的な作品ではないかと思っています。是非、多くの方に、読んでいただきたい野心的な作品です。

父親がわりのように親しくしてくれていた五十すぎのオジさんに、性的なイタズラをされた十一歳の少年ブラッキーは、ビックリして、オジさんのところを逃げ出し、家に逃げ帰ります。そもそもブラッキーのことを「少女(ガール)」なんて呼んで、自分のことは「少年(ボーイ)」と呼ばせていた、相当アレな人のこと。その正体は、周囲の大人から見れば「ただの変態」ですが、ブラッキーが思うのは、捕まってしまったオジさんが死刑にならなければいいのに、ということでした。これまで優しくしてくれたオジさんに対して、大人が思うような感情を抱いていない。それどころか、オジさんから習ったキスの仕方を誰かに試してみたいと思っていたりする。どうも、危ない。ブラッキーの心はちょっと壊れています。この事件が契機でそうなってしまったのか、もともとおかしかったのかわかりません。家庭環境も複雑ですし、こうした壊れ具合で、なんとか世界とバランスが取れている、あやうい子どもなのです。この物語は、そんなブラッキーの一人称で進みます。周囲の諸々の事件に対して、ブラッキーが抱く感情は確実にピントが外れていて、いたって悲惨な話が、なんとなくユーモラスに感じられるようになっています。オジさんに「されたこと」を知られて、ブラッキーは男子グループからバイ菌扱いされ居場所を失い、同じくバイ菌扱いされている女子、メアリ・ジェーンと親しくなります。さて、イジメは過激度を増してきて、ブラッキーはそれを上回る過激な対応策を講じることになるのですが、そこに「怒り」があるのか、というとそうでもない。ただメアリ・ジェーンと一緒に行動していることを楽しんでいるし、そして、ずっと先にある「いつか行く楽園」のことを夢想する、不思議な感性の閃きがあります。現象の悲惨さと乖離したブラッキーの楽天性。この不思議な感覚。大人のように「固定観念」や既存の言葉の中に自分を閉じ込めない、ピュアな衝動を見せてくれます。面白い、というのは語弊があるのですが、とても心を惹かれる作品です。すごく変で、すごくいいのです。

自分は「哀れ」だとか「不幸」だと思う気持ち。既成の言葉で自分を表現してパッケージ化してしまうのは、僕は大人の処世術ではないかと思っています。困った、困った、でも何が問題なのかさえわからない。漠然とした不安感を抱いていたり、言語化不能な絶望感に苛まれているのが子どもで、その窮地から救いだすには、同じ地平に立って共感する必要があります。とはいえ、これは難しい。振り返って自分自身、母親が亡くなった直後の十歳~十二歳頃は、かなり多くの謎の行動をとっていました。この世界との均衡を保つために行っている子どもなりに精一杯な行為も、大人視点からは異常行動に見えることもあるものだと思います。この物語の帰結は、かなり過激なものですが、そうならざるをえない必然性がブラッキーの中にはあり、物語を見守っている読者からは、道義的にはともかく、一応の理解を得られるのではないかと思っています。かなり突き抜けている作品ですね。

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