きみに出会うとき

When you reach me.

出 版 社: 東京創元社

著     者: レベッカ・ステッド

翻 訳 者: ないとうふみこ

発 行 年: 2011年04月


<   きみに出会うとき   紹介と感想>
突然の質問ですが、子ども時代を思い起こすと、ご近所に一人ぐらいは「頭のおかしな人」が徘徊していなかったでしょうか(この質問、一般的な「あるある!」の共感を得られるものなのかどうか、正直、不安です)。記憶の中に埋められている、そんな人物はいませんか。突然に奇声をあげたり、突飛な行動ばかりしている問題人物の前を、目を合わせないように通り過ぎたことはなかったかでしょうか。こうした「頭のおかしな人」は、おそらく悪人ではなく、精神を病んでいたり、知的に問題があるだけの人なのかも知れません。現在の良識では、あえて語ったり、触れたりせず、やり過ごすことが求められています。何を言っても差別的だし、沈黙するしかないのでしょう。とはいえ、あの「頭のおかしな人」の強烈な佇まいや、あの並々ならぬ存在感が、子ども心に植え付けるインパクトは強大です。物語は、時にこうした人物に聖性を見出すことがありますが、現実的にはとんでもない話です。まずは、常識と健全な先入観を持って、頭のおかしな人に対する、当たり前の恐れを思い出しましょう。子ども時代の恐怖心と好奇心。実際、あの人はなんだったのか、と一切、腑に落ちないハテナマークを沢山、抱えておくべきだと思います。そうしたストックこそが、読書の糧になるのです。

12歳の女の子ミランダの心を悩ませているのは、幼馴染みの男の子サルに絶交されてしまったことです。きっかけは、学校からの帰り道に、サルが見ず知らずの少年に突然、殴られたこと。ミランダには、サルが殴られた理由さえわかりません。でも、その日から、サルはミランダによそよそしくなって、以前のように親しくすることができなくなりました。赤ん坊の頃から二人はいつも一緒だったのに・・・。同じアパートに住むサルと学校から一緒に帰れなくなったことで、ミランダは一人で、あの「笑う男」の前を通ることになってしまいます。いつの間にかご近所をうろつくようになった、頭のおかしい「笑う男」は、ブツブツと呪文のような言葉をつぶやいていたり、車を蹴り上げるフリをしたり、ポストの下に顔を突っ込んで寝ていたりする謎の怪人物です。もはやミランダは覚悟を決め、サルのいないこの新しい生活に慣れなければならなくなったのです。ミランダはこれまであまり親しくしていなかった級友たちともつきあいはじめます。12歳の人間関係はそれなりに複雑で、ミランダの毎日は変わっていきます。そんな時、「第一のメモ」がミランダに届きます。未来を暗示する数枚の不思議なメモ。頭のおかしい「笑う男」。サルとサルをなぐりつけた少年マーカス。同級生たちとはじめた昼休みのアルバイト。クイズ番組の出場を前に練習を重ねるママとママの恋人リチャード。何が本筋で、何が脇筋なのかさえわからないまま、多彩なエピソードに翻弄されているうちに、怒涛の展開に巻き込まれ、驚くような結末に連れていかれる作品です。ミランダと友人たちの、揺れる心の機微を描き出す児童文学的な筆致とタイム・ファンタジーの要素が見事に溶け合った、2010年のニューベリー賞受賞作です。

児童文学のタイム・ファンタジーと言えば、「過去の時間に生きていた少年(少女)と友だちになる」物語が沢山、頭に浮かぶかと思います。主人公の少年(少女)が過去の空間に迷いこみ、過去の人たちと出会う。この『きみに出会うとき』は、そうした旧来の作品と比べても、より複雑な仕掛けがあり、謎が次第に紐解かれていく構成に面白さがありました。読み終えた途端、最初に戻って読み返したくなるタイプの作品です。時空間移動を暗示するために児童文学ファンにはおなじみの『五次元世界のぼうけん』が登場することも嬉しく、また、子ども同士の関係性を描いた部分だけでも十分に味わい深く、その児童文学的なベースと、タイム・ファンタジーの仕掛けがうまく融合している作品です。ところで、タイム・ファンタジーを面白くさせているものは「制約条件」ではないかと僕は考えます。近年の時間モノSFの嚆矢である、コニー・ウィルスのオックスフォード史学科シリーズでは、同一の人間が同じ時間域に同時に存在することができないという基本ルールがありました(どちらかが消滅せざるを得なくなるのです)。また、過去の時間域のものは未来に持ち込めないという制約もあります。「なんでもあり」なSFの世界でも、これがあることで、ぐっと物語が面白くなります。『きみに出会うとき』の制約条件はとても過酷で、そのため、時間移動者は非常に困難な旅を強いられます。そのことが物語の上で大きな鍵となります。物語の舞台は1979年。今となっては「過去」の時間。著者が主人公と同じ12歳であった時代。著者と誕生日が近い僕はまさに同年代です。しかも、頭のおかしい人が近所を徘徊していたり、見ず知らずの子に突然、殴られたりする、そんな子ども時代を過ごしました(ヘタにそういう経験があるので、この感想に普遍性がないのです)、この物語のおかげで、ちょっと過去の感覚に旅しましたね。うーん。

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