THE HATE U GIVE
出 版 社: 岩崎書店 著 者: アンジー・トーマス 翻 訳 者: 服部理佳 発 行 年: 2018年03月 |
< ザ・ヘイト・ユー・ギヴ 紹介と感想 >
武器を持たず、無抵抗だったにもかかわらず、呼び止められた警察官に射殺された少年、カリル。彼が撃たれたのは、その挙動が怪しかったからか、彼の車の中に置いてあったヘアブラシが拳銃に見えたからか、それとも彼が黒人だったからか。白人警官がカリルを銃で撃つところを目の前で見ていたスターは、カリルの幼なじみで親友でした。そばにいたスターを気遣って、カリルが声をかけたことが、警官を威嚇したように思われた可能性もあります。ギャングが幅をきかせ、抗争が絶えず、いつも銃声が響き、ドラッグの売人が徘徊するゲットーと呼ばれている貧民街、ガーデン・ハイツ。この町は危険に満ちています。スターは十歳の時にも、友人のナターシャを抗争の銃撃戦の巻き添えで亡くしています。その心の傷が癒えないまま、今度もまた友人の理不尽な死を目にしたのです。なぜカリルは撃たれたのか。ニュースでは、カリルがドラッグの売人であったことや、ギャングの一味に加わっていたことが取り沙汰され、撃たれても当然という世論も形成されつつあります。一方で、これはアメリカ社会で繰り返されてきた人種差別の発露であると、この社会悪を糾弾する人々の抗議活動もヒートアップしていきます。スターはこうした状況の中で戸惑い続けます。もちろん、強い怒りはあります。カリルがドラッグの売人になったことだって、この町の貧しさと無法な人間たちに蹂躙されてきたためです。スターはナターシャのことがあってから、両親の方針で、上流の白人の子どもたちが行く高校に、唯一の黒人の女子生徒として通っていました。学校でも、ガーデン・ハイツでも気持ちを打ち明けられないまま、誰の理解を得ることもなく、自分の気持ちを持て余しているスター。彼女はどう動き出すのか。「ザ ・ヘイト ・ユー ・ギブ」。社会から植え付けられた憎しみが、子どもたちに社会への牙を剥かせる。その古いラップのフレーズは子どもたちに何を教えるのか。過酷な世界を生き抜く子どもたちの姿に衝撃を受ける作品であり、非常に豊かな感情の表現を堪能できる作品でもあります。ボストングローブ賞、ホーンブック賞受賞作です。
重いテーマを持った社会派の物語ですが、登場人物たちの躍動感が素晴らしく、その過激さとナイーブさに惹き寄せられます。ともかく温度が高い。ガーデン・ハイツで食料品店を営むスターのパパも、以前はギャングで、スターが幼い頃には刑務所に収監されていました。ただそれは、ギャングの世界から足を洗うための代償でもあったのです。ガーデン・ハイツを変えたいと思っているパパには理想があり、ガーデン・ハイツの診療所で働く看護師のママもまた、この場所に愛着を持っています。スターは黒人社会の密着したファミリー感覚と、高校で白人の友人たちとも付き合う二つの世界で生きています。かたやドラッグや銃撃が日常であり、かたやSNSのフォローを外す、外さないを気にかけるような世界。多くの人たちとの複雑な関係性の中で、十六歳の女子高生であるスターが抱くガーデン・ハイツへの愛憎。個性あふれる登場人物たちと彼女の関係性だけでも充分に魅せてくれる物語です。白人高校生たちのカリルのための抗議運動にも欺瞞を感じていたスターは、自分がどうあるべきか悩み続けます。無抵抗の少年を射殺した警察を、真実を知る証人として告発することは正義です。ただ、その正義を行使することは、多くの危険が伴います。物語はやがて勇気を持って立ち上がり、カリルの声になろうとするスターの姿を活写していきますが、やはり彼女は傷つけられることになります。テレビインタビューや大陪審での証言など、正義を行使する代償に、自ら身の危険を引き寄せていくスター。そんな時、彼女を支えてくれる家族や友人たちの姿が尊く、またそれぞれの心のうちにスターの行為が目覚めさせたものも熱く感じられます。
怒りの連鎖を断ち切ることや、話し合って相互理解を深め、共に生きる世界を築こう、というのが、ありていな物語の落としどころです。それが道徳的に正しいことだと思います。なので、非情で非道な人たちにも心の呵責があって正義の声には心を動かされる、とか、憎しみを優しさに変えていこう、なんてことを一切言わないこの物語の潔さには驚かされます。怒りを勇気に変え、闘うこと。スターも白人の友人と理解しあえないまま断絶します。ヤワなハートでは闘い抜くことはできないし、愛する人たちを守るためには、相応の覚悟が必要なのです。世界のどこかでは、それが現在進行形の現実であることを思い知らされる厳しい読書です。同じ題材で、やはり無抵抗の黒人少年を射殺した警官を告発する『わたしは、わたし』という作品もありました。これは警官であった父親が、同僚の事件を告発する証人となったため、証人保護プログラムで素性を隠し名前も変えることになった少女を主人公とした物語です。たとえ不利益があろうとも正義を貫く姿勢は一緒ですが、苦悩する父親の姿を見つめる娘の視線と、その葛藤が読みどころです。さて、本書で一番面白かったのは、スターのパパによる「ハリーポッター・ギャング説」です。なんか既視感があるなあ、と思い出したのは、橋本治さんが書かれた、ヤクザの組長が「機動戦士ガンダム」(ファースト)にはまり、そのストーリーを極道視点で解釈していくという短編作品でした。その人のスタンス次第で物語の見え方は違うという、このあたりはユーモアの範疇ですが、現実では固定概念や偏見が生む悲劇があります。この世界を、自分に見えるようにしか見ようとせず、共感の可能性をあらかじめ否定しまうこと。実際、カリルを撃った白人警察官サイドの見解も非常に気になるところです。この物語では互いの主張は一方通行ですれ違います。利害の違う両者が向き合って意見を交わせる世界なんて夢想に過ぎないのかなと、やや途方に暮れていますが、この物語の先にある未来への希望は失わないでいたいところです。