フォスターさんの郵便配達

Ok,senor Foster.

出 版 社: 偕成社 

著     者: エリアセル・カンシーノ

翻 訳 者: 宇野和美

発 行 年: 2010年11月


フォスターさんの郵便配達  紹介と感想 >
なんだかダメになってしまう時期、というのが少年時代にはあります。勉強をしなくなったり、服装がだらしなくなったり、片づけられなくなったり、すっかりグズになって、色々なことがどうでも良くなってしまう感じ。軌道を外れてしまったままもとに戻れないし、時計は止まったままの状態。今まさに、そんな気分を持てあましているのが、この物語の主人公ペリーコです。スペインの海辺の村に住む少年、ペリーコ。お母さんは二年前に病気で死んでしまって、お父さんと二人で暮らしていますが、漁師のお父さんは気が荒く、ペリーコにやけにつっけんどんな態度をとります。ペリーコは勉強をする気もなくなってしまって、学校も休みがち。そんな気持ちの閉塞状態ではあるのですが、それでも、珍しい外国の切手にときめくことがあったり、村に住む唯一のイギリス人であるフォスターさんに興味を覚えたり、まだ魂は奮えることを忘れてはいません。物語は、ペリーコがお父さんに頼まれた支払のお金を失くしてしまうところから広がっていきます。その穴埋めのために、ペリーコは悪いと思いながらも、偶然見つけた札束から一枚のお札を抜き取ります。そのお札に秘密があったためにペリーコは窮地に追い込まれますが、それがペリーコの中の時計の針を先に進める契機となるのです。1960年代のスペインの田舎を舞台にした、ちょっと胸が痛くなるような、少年の気持ちが表現された成長の物語です。

1960年代のスペインの田舎の村の閉鎖性を象徴するのは、警察官たちの治安維持への態度です。いや、それなりに正義漢ではあるのだけれど、これも時流か、政治犯に対する警戒感が強いのです。社会を批判するなんてもってのほか、本を読むことですら反動だ、というような保守を極めてやや横暴になっている治安警察。彼らが不審に思っているのは、何をやっているのかわからないイギリス人のフォスター。そして、なんだか怪しい皮なめし職人のイスマエル。治安警察のエフレン警部は、あいつらは絶対に悪事に加担しているはず、という根拠のない先入観を抱いていました。村に出回っているニセ札もアイツらの犯行ではないのかと執拗な捜査を続けています。一方、悩める少年ペリーコ。縁あって、郵便局に届いたイギリス人のフォスターさん宛の新聞を彼の家まで届ける仕事を請け負うことになりました。次第にフォスターさん親しくなったペリーコは、フォスターさんとイスマエルが親しい間柄であることも知ってしまいます。二人の接点はなんなのか。文字も書けないはずの皮なめし職人のイスマエルの家に、沢山の本が積まれていたことを見てしまったペリーコは、彼が噂どおりの危険人物なのではないかと怪しく思いはじめます。心に傷を負っている大人や、頑なな大人、親切な大人など、色々な大人たちとの関わりの中で少年が知る世界。田舎の村を舞台に、それでもここから世界につながり、広がっていくような、そんな視野を少年が得ていく姿が心地良い物語です。

少年の気持ちの揺れ方、ちょっと調子にのったり、すぐ弱気になったりする、あの時代の心の不安定ぶりがビビットに伝わってきます。親の愛情に対して不信を抱いて、自分自身の存在自体が揺らいでしまう感じ。まだ一人でしっかり立っていることができない時期の、どうしようもない脆弱さ。どんどんダメになっていってしまって、先生や友だちにも見限られていってしまう自分自身へのあきらめ。そんな場所から自分を回復していく力を、少年はどこから得ていくのか。お母さんがいなくなってしまった寂しさと、日常生活がちゃんとできなくなっていくことは、うまく説明できないけれど、連関している気がします。僕自身、小学四年生の終わりに母親を亡くしてからの二年間を思うと、ペリーコのなんだかグズグズになってしまっている感じが良くわかるんですね。理由もないままに、もはやこれまで、と思いこんでしまう。本当は、すべてこれから、なのに。ちょっとしたきっかけで、世界の見え方は変わります。それは、ほんの少し角度が変わるだけかも知れないけれど、視野は広がります。この物語、手放しのハッピーエンドではないけれど、なかなかニクイ終わり方をします。まずは形から、なんてことも、はじめの一歩としてはアリかも知れない。すべてが急にうまくいくことはないけれど、小さな一歩を進めよう。そんなささやかだけれど、とっても大切なスタートの物語ではないかなと思いました。なんか、良いんですよ。

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