わたしの世界一ひどいパパ

ほか二編
Mon affreux papa.〔etc.〕

出 版 社: 福音館書店

著     者: クリス・ドネール

翻 訳 者: 堀内紅子

発 行 年: 2010年11月


わたしの世界一ひどいパパ   紹介と感想 >
パパがどれぐらいひどいかというと、酔っぱらって、地下鉄の中で他のお客さんたちに毒づいたり、ミッシェル・ポルナレフの歌を歌いながらズボンをおろしたりするのはまだ序の口で、消防士の仕事を辞めさせられたのだって、成績を上げるために「放火」をしていたのがバレたからだし、賭けごとで散財して、ママのイヤリングだってとってしまうし、拳銃と麻薬を隠しもっているし・・・とまあ、そのメチャクチャなことといったら。そりゃあ、警察に捕まって、牢屋にも入れられるのは当然です。今日は「わたし」とママと一緒に、刑務所のパパの面会に行く日。パパが寂しくないように、たくさん絵を描いて、これを壁に貼ってもらおうと思って持ってきました。パパはとても喜んでくれて「ちびネコちゃん」と「わたし」のことを呼んで、優しくキスしてくれます。そして、一瞬の隙をついて看守から拳銃を奪うと「わたし」を連れて、脱獄を試みるのです。派手なカーチェイスやヘリコプターに追われながら、国境を抜けスイスへ。やがてパパの愛人さんも逃避行に加わって、この短い物語は佳境に入ります。ビックリして、目を丸くしながら「わたし」は、このなり行きを見守っています。本当に「世界一ひどいパパ」なのです・・・。

中編三篇が収められた短編集。どの作品も、それぞれ凄い内容です。標題にもなっている「わたしの世界一ひどいパパ」は、要約したように、本当にダメダメなパパが登場して、その圧倒的な破天荒ぶりを見せつけてくれます。ひどいパパだとは思っているけれど、パパのことをけっして嫌いではない、そんな娘がパパを見つめる視線がいいんですね。ママと二人でバスに乗って刑務所に行く時の気持や、面倒な手続きを経て、ようやく面会できるようになるところの彼女の気づまりな感じなど、そうした心の揺れも凄く良く伝わってきます。本当にどうしようもないパパなんだけれど、ものすごく娘のことは可愛がっている。でも、徹底的に自分勝手なんです。悪い人なんだけど、邪気がないというか。無論、改心などせず、最後まで突き抜けていきます。娘としては、こんなパパのことをどう考えたらいいのかな、というあたりでお話は終わってしまうのだけれど、そこにもたらされる感慨たるや、困りながらも笑ってしまうしかないような、そんな感じなのです。

他にも同性愛者の兄を弟の視線から描いた作品「弟からの手紙」や、非常に文芸的完成度の高い「ぼくと先生と先生の息子」が収められています。訳者あとがきによると、これは二十年前の作品で、当時、これを訳出することへの戸惑いがあったと記されています。僕個人としては、現代日本の児童文学出版倫理の方が、以前よりも窮屈になっている気はするので、今、この作品が出てくる方が驚きなのですが、一般的には同性愛なども認められるようになった部分はあるのかな。兄がゲイになってしまうというモチーフは、ピーター・キャメロンの『ママがプールを洗う日』や、YAだったらバーバラ・ワースバの『クレイジー・バニラ』の中にも出てくるのですが、本書は、それをあえて声高に取り扱わないし、弟の戸惑いの描き方も自然でいいなと思いました。そうしたことが、ごく普通になりつつある現代においては、この二十年前の作品もなじみやすいのかも知れません。文学にやっと世間がおいついたのかも知れません(だから文学はもっと先を行かなくてはと思うんだけれど)。ところで、世の中には生活保護手当を不正受給するパパや、消費者金融で借りたお金を返せないママもいます。子どもはそうした親にどんな視線を向けているのか。そんな今の世界を生きる子どもの自然な感覚を描いた作品が、子どもたちに力を与えることもあるんじゃないか、なんて思うんだけれどな。

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