出 版 社: 理論社 著 者: 樫崎茜 発 行 年: 2018年11月 |
< ヴンダーカンマー 紹介と感想 >
朝から夕方まで、おおよそ八時間程度で終わる物語です。中学生五人が「職場体験」のカリキュラムで、博物館での仕事を実習します。働くことを通じて地域の人たちと触れ合い、社会貢献をする。ほんの一日とはいえ、この実体験がそれぞれの心に刻んだものは、彼らの将来を変えるきっかけになったかも知れない。そんな予感がします。その仕事に関する知識がついた、というだけではなく、その仕事に従事している人たちが、どんな思いを抱いて働いているかを知ったこと。これは働くことや職業というものに対して、漠然としたイメージしかない中学生にも、多くの気づきを与えるものです。ましてや、博物館の仕事です。ここには学芸員だけではなく、パートさんやボランティアの人たちも働いています。色々な立場や温度の人がいるし、時には対立もあります。職場で大人同士が口をきかない、なんて、実は良くあることだけど、中学生を戸惑わせるには十分ですよね。もちろん、この魅惑的な場所を、もっと盛り上げようとして働いている人たちの矜持は、子どもたちにも伝わったようです。今日の今日で人間は変わるわけではないけれど、ほんの数時間の出来事が転機になることもある。未来へのステップとなる、そんな一日を是非、ご堪能ください。
博物館に行くつもりじゃなかった。職場体験先の選択肢は色々で、新聞社や市役所もあれば、ファミレスもあります。県立自然史博物館が実習先に決まった五人も、ここに行きたいという、それほど積極的な動機があったわけではないのです。しかも特に親しいわけでもない同級生たちとのグループ実習で、普段は口をきいたこともない子も一緒です。とはいえ、それぞれが別の仕事を割り振られれば、心細く感じるもの。五人それぞれの一人称視点による語りがバトンタッチされながら進行していきます。同じ場面が異なった視点から、繰り返し描写されて、抱いた気持ちの違いも見えてくる。実は、あまり良く知らなかった同級生を「発見」していくことも、この物語の魅力です。そして、気がつけば、体験したことを熱を帯びて語っている自分を「発見」することもあるのです。ドライさや身勝手さを持つ、ごく普通の等身大の中学生の姿が描かれています。博物館の仕事は、ある意味、人の思い入れで成り立っているタイプの仕事です。ここで大人たちが傾けている情熱を、熱を持っていない彼らはどう感じとったのか。少なからず感化されてしまうような驚きがここにはあり、次第に心を動かされていく姿には、してやったり、と思うところがあります。そうでなくては。
フライドチキンを食べ終えた後の骨を集めてニワトリの骨格を復元する、なんて奇想の展示のためにチキンを頬張る中学生たち。そんな変わった企画に協力することになったり、カピバラを放牧して草を食べさせたり、化石探しをすることになったり。色々な体験をする中で、「博物館」のスピリットを中学生たちは感じとっていきます。サンプルが、どんな種であるかを同定する。個ではなく、種を見極めようとすること。そんな「概念」に子どもたちが出会っていくのは興味深いところです。そうした中で、五人それぞれの個が逆照射されていく構造もまた面白い。樫崎茜さんの作品としては、『ぼくたちの骨』、『声をきかせて』に続く、「博物学的視野」が子どもたちに与えられる物語です。この二作品の鋭角さに比べると、本作は穏やかで柔らかい印象ですが、ところどころに尖った棘も見え隠れするのも、「題材」と子どもたちの痛々しい「心象」をダイナミックに組み合わせてきた、これまでの作者らしさを感じるところです。なお、樫崎茜さんでチキンと言えば、『ヨルの神さま』 の重要なアイテムである「ファミチキ」です。そうかファミチキには「骨がない」のかと、その象徴性に今になって気づき、驚かされているところです。