四人の兵士

Quatre soldats.

出 版 社: 白水社 

著     者: ユベール・マンガレリ

翻 訳 者: 田久保麻理

発 行 年: 2008年08月


四人の兵士  紹介と感想 >
浮かんでは消えてしまう泡のような物思いをつなぎ止めるにはどうしたらいいのか。目が覚めると、端から消えていく夢の残像をつかまえるにはどうする。記憶はあやふやで、いつか消えてなくなってしまう。一冊の本を読み終えて、なんとも不思議な気持ちを抱いたまま、こうして文章を書き始めているけれど、すくった水が掌からこぼれてしまうように、この感慨も消えていくのだろうと思います。それでも、書く、ということで自分の中の何かを言葉でスケッチして、写しとることができるのかもしれない。すぐに霧散してしまって、ほとんど形も残らないのだろうけれど。気持ちを言葉に託して遺してみる。楽しかった時間や、そこにいた人たちのことを記録するには、やはり「言葉」が必要なようです。あらためて、そんなことを意識させられる作品。この物語は、とても無骨で、それでいてセンシティブです。無教養な若者たちが何人か登場します。不勉強で無知なのではなく、多くの人たちが、まだ教養を得ることが出来なかった、そんな時代のお話だからです。彼らは、なかなか気の良い連中です。劣悪な環境の中でも、生きる術も知っています。彼らの物語は、たわいもなくとりとめのないエピソードの連続ですが、微笑ましくユーモアすら感じます。記録として残されることのない無名人たちの記憶。名もなく若い四人の兵士の物語は、歴史の中に消えてしまった水泡のようなものですが、そこに確実に存在した彼らが、読む人の心に、少なからず、刻みつけるものがあると思います。

ニ十世紀初頭。ロシア革命以降の戦乱が続く時代。貧民や農民などから徴兵されたロシア赤軍はルーマニア戦線を敗走しています。天涯孤独の身の上で従軍した青年ベリアは、引き続く厳しい行軍の途中、同じ部隊のパヴェルという男と知り合い、仲間になります。抜け目なく創意工夫のある男、パヴェル。やがて二人に、逞しけれどちょっとオツムの弱そうなウズベク人の巨漢、キャビンと、銃の達人、シフラが仲間に加わります。四人の兵士は仲良く、野営地でも一緒に過ごし、辛い厳冬の行軍を乗り越えていきます。物語は、四人のとりたてて意味のないやりとりや、とりとめのない行軍でのエピソードが続いていきます。ベリアの視線は優しく仲間たちを見つめている。彼らがそばにいてくれて、楽しかったこと。彼らと会えて幸運だったこと。教育を受けておらず、文字が書けない彼らは、たまたま面倒を見ることになった少年兵が文字を書けるというので、自分たちの楽しい思い出を記録してもらおうと頼みます。それは、ごくごくささやかな出来事の記録。ギャビンが釣った魚を焼いて食べたこととか、シラフの手先が器用で、目をつぶっていても銃を組み立てられることだとか。仲間たちがそこにいたことの記録を留めたかったのです。しかし、行軍は続き、戦闘は更に過酷なものになっていきます。果たして、四人の兵士はどんな運命を迎えるのか・・・。

戦争の非は非として言いたいのですが、人が人として生きていく行為、というか、どんな営みの中にも、ささやかに生きている実感はあるのだなと思います。軍隊生活や戦闘行為はどう考えて厭なものであり、それが青春でした、なんてことを言われると福雑に感じてしまいますが、回想の従軍記の中には、それでも微笑ましい瞬間を見ることができます。軍隊よもやま話、的な本をよく読んでいました。辛かったけれど、ただのバットデイズ、とも言いきれない日々の回想。良かれ悪しかれ、生きぬいてきた時間の思い出。仲間との楽しい会話、バカみたいなゲームに興じたり、ささやかな達成感を得てみたり。激戦の合間に、仲間と日々を営むことができた愛おしさ。たわいもないけれど、つなぎとめておきたい時間。行軍時の極限状態の中にあっても、人が求めるものは、そうした心のつながりなのかも知れません。ささやかだけれど、大切なものがある。みんな、それなりに大人なのだけれど、少年たちがジャレあったり、へらず口をたたくみたいに、四人の兵士が仲良く、楽しくやっている姿が、なんだかいじらしく愛おしいのです。皆、ここにくるまで、どんな生活を送ってきたのかわからないけれど、もしかすると楽しい仲間を得た、この時間が、限りなく大切なものなのかも知れない。恐怖の行軍と、残虐な戦闘行為のかたわらにある、輝ける束の間の休息。そんな時間を残しておきたいと、愛おしむ彼らの心の有様が切なく、やるせないのです。抑えられた表現の隙間に垣間見える心の動き。それが妙に可愛らしい。この絶妙な感覚に、是非、物語の中で出会って欲しいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。