出 版 社: 学研プラス 著 者: 束田澄江 発 行 年: 2017年10月 |
< あした飛ぶ 紹介と感想>
アサギマダラという蝶がいます。あさぎ色のまだら模様が入った羽を拡げると10センチをこえるという大きな蝶で、長距離を移動することでも有名だそうです。春には南から北に、秋には南から北に。小学六年生の女の子、星乃が暮らすこの大分県姫島は、その蝶の旅の中継地点であり、多くのアサギマダラが棲息する島です。アサギマダラを捕獲して羽にマーキングした後、再び放つことで、その移動経路を明らかにしていく試みが全国の有志たちによって行われていました。担任の三船先生の指導で星乃のクラスではその活動に取り組んでいますが、星乃が捕獲した一頭の羽には既にマーキングが施されていました。これは再捕獲と呼ばれる、かなりのレアケースです。羽に付けられたマークには「ナガノ」と「リュウセイ」の文字、そして意味不明の記号も付けられていました。まるで瓶に詰められて海に放たれた手紙のような、どこかの誰かのメッセージを受け取った星乃は、ナガノのリュウセイの存在が気になりはじめます。はるか長い距離を旅する蝶の羽に寄せられたメッセージが人と人とを結んでいきます。アサギマダラのエピソードを縦軸に、星乃の心を塞いでいる悲しみが横軸となってこの物語は織り上げられ、星乃の葛藤を越えて訪れるハッピーな結末に莞爾とできる見事な作品です。
星乃がこの姫島に越してきたのには、悲しい理由があります。小学四年生の時にお父さんを事故で亡くし、お母さんと二人きりになってしまった星乃。お母さんは心を失ったままで、同じ仕事を長く続けることが出来ず、お祖母さんに姫島にある実家の旅館を手伝うよう呼び戻してもらったのです。とはいうものの、お母さんはいまだに気持ちを塞いでおり、星乃もまた自分自身の悲しみとお母さんを心配する気持ちを両方抱えています。そんな星乃が、学校で転校の理由を尋ねられても、思わず何も言えなくなってしまったのは無理もないことでしょう。学校で上手く友だちづくりができないまま、寂しい思いを抱えていた星乃。そんな彼女が捕獲したマーク付きのアサギマダラ。これがきっかけとなって、星乃の世界は広がっていきます。実はアサギマダラ調査のネットワークを持っていたお祖母さんの協力で、ナガノのリュウセイを突き止めた星乃は、手紙を通じてリュウセイと交流していきます。どう言葉を送って、関係をつないでいけばいいのかわからない星乃に、お祖母さんが与えるアドバイスは、いやちょっとやり過ぎなのではと思うほどなのですが、気弱な星乃にはこれぐらいの積極的な指導が必要だよねと思う、楽しい場面でもあります。周囲の人たちの力を借りて、星乃はここで新たな関係性を作っていきます。リュウセイとの文通の行方も非常に気になるところですが、案の定、彼もまたかなりワケありだったりします。文通モノのワクワク感も楽しめる一冊です。
自分も小学四年生の時に母親を亡くしており、六年生当時の心境を思い出すと、これがまたかなり厳しいものがあります。頭と心がチグハグな状態で、悲しみよりも不安感や失意のようなもので意識が鈍っている状態でした。家族の死を乗り越えることを、多くの児童文学作品がテーマとして描いていますが、この当事者感覚を描くことは難しいかなとも思っています。ちょっと人にはわかりにくいものなので。悲しいというハッキリした気持ちに到達できず、未消化で戸惑っている状態がずっと続くわけで、本当はカウンセリングなどの適切な対応の効用があるのではないかと思います。この物語でも星乃がちゃんと悲しみ、気持ちを発散できるようになるには時間を要しています。実際、二年間ではまだ短すぎるのです。現実には、物語のような転機は訪れず、緩やかに慣れていくものでしょう。失われたものは元のようには復元されず、心が回復するには長い時間が必要です。だからこそ、物語の幸福な展開には希望を感じるのかと思います。そこはリアリティなんて蹴飛ばしたいところ。いや、それにしても、優しい家族や理解ある先生もいて、友だちもボーイフレンドもゲットだぜ、は出来過ぎなのですよ。ただ、そんなこともあっても良いよねと思うほど、星乃の鬱屈した心情にシンクロしてしまう物語なのです。蝶が苦手な人にとっては、クラスをあげての蝶捕獲なんて課外活動は相当なホラーなのでしょうけれど。