アーニャは、きっと来る

WAITING FOR ANYA.

出 版 社: 評論社

著     者: マイケル・モーパーゴ

翻 訳 者: 佐藤見果夢

発 行 年: 2020年03月

アーニャは、きっと来る 紹介と感想>

フランス南西部にある山に囲まれた谷間の村レスキュン。ヒツジや牛を飼って暮らしている田舎の村で育ったジョーは十二歳。徴兵され戦争に行くことになった父親を見送りに駅に行ったことぐらいしか、ジョーは村から出たことがありません。父親は戦争から戻らないまま二年が経過し、しかもドイツで捕虜になったと聞かされていました。村の男たちも皆、戦争にとられ、残されたのは老人と女性と子どもばかり。ジョーは学校に通うかたわら家の仕事を手伝い、ヒツジの放牧や家畜の世話をしていました。ある日、牧羊犬のロウフの異変から、大きなクマが出没したことに気づいたジョーは、大人たちに事態を伝え、村を危機から救うことに一役買うことになります。その時、ジョーは村人たちには気づかれないまま、黒い外套を着て古びた帽子を被った男と出会っていました。村人ではない見知らぬ男性の後をつけたジョーは、彼が村の嫌われ者のオルカーダばあさんの家に入っていくのをつき止めます。オルカーダばあさんは、きつい言葉を浴びせて子どもを叱る、子ども嫌いだと思われており、ジョーも近づかないようしていました。窓から家の中をのぞき込んだジョーは、オルカーダばあさんと話をする、髭を生やしたその男性と以前に会ったことがあると気づきます。彼はオルガーダばあさんの亡くなった娘の婿で、その娘のアーニャとも、ジョーは顔を合わせたことがあったのです。二人の会話から、どうやらアーニャが行方不明になっていて、男性がアーニャをここで待っていることをジョーは聞き知ります。謎めいた展開から始まる物語は、戦争の時代に翻弄されている人間の悲哀と、そして漲る勇気を見せてくれます。深い感動を与えられるともに、スリリングな物語としての面白さにも溢れた物語です。2021年の青少年感想文コンクールの課題図書。実に感想の書きがいのある作品ではないかと思います。

第二次世界大戦も佳境に入っていました。ジョーはドイツ兵も戦闘機や戦車も見たこともありませんが、はるか遠くで行われている戦争の悲惨さは、村から戦争に行った人たちの戦死の報によって伝わってきます。早く戦争が終わって、前の暮らしに戻りたいという村人たちの願いも虚しく、フランス軍は敗退し、ドイツ軍の進撃は続きます。やがてフランス全土が占領され、この村にもドイツ兵の守備隊が駐屯することになります。スペイン国境にほど近いこの村を通って亡命しようとする人間を監視するのが彼らの役割でした。亡命の手助けをする者は射殺されると知り、ジョーの気持ちは穏やかではいられません。何故なら、オルカーダばあさんの娘婿であるベンジャミンと親しくなったジョーは、彼がユダヤ人の子どもたちを匿い、スペインに逃がそうとしていることを知ってしまったからです。しかも、村人には気づかれないように、ジョーもまた、その活動を手伝い始めていました。フランス全土やポーランドからこの村に逃げてのびたユダヤ人の子どもたちは十二人にのぼっていました。彼自身、ユダヤ人であるベンジャミンは、その活動をしながら、他の子どもと同じように、離れ離れになった娘のアーニャも、きっとここに来ると信じていました。果たして、ドイツ兵の監視の間隙を縫って、子どもたちをスペインに逃すことができるのか。それには、村人全員の協力が必要です。ジョーは家族とともにこの計画を密かに進めていきます。放牧するヒツジの群れの移動に、ユダヤ人の子どもたちを紛れさせる。見つかったら射殺される危険な賭けです。目立つことが好きではなかった大人しい少年が、勇気を振うようになるのは、正義感からだけではありません。大人たちの心の機微を知ることで培われた少年の心の成長がここにあります。それは、戦争の時代が、ごく普通の人たちに与えたものの過酷さを改めて感じさせるものでもあったのです。

この物語が稀有な点は、この村に駐屯したドイツ兵たちが、非常に人間的に描かれていることです。冷酷な迫害者や殺人マシンのようなドイツ兵の描き方が典型的ですが、親衛隊でもない彼らもまた、戦争に駆り出されてきた、ごく普通の人たちです。きさくで、控え目でさえある彼らに対して、村人も敵意を持ち続けることが難しくなっていきます。かつての戦争で怪我を負ったジョーの祖父でさえ、同じ戦場で敵味方に分かれ戦ったドイツ兵と親しく話をするようになりました。フランス語を話すヴァイスマン中尉は教会にも通う敬虔な信者であり、オルガン演奏を通じて神父とも親しくなります。ジョーもまた、フランス語を話す伍長と親しくなり、一緒に双眼鏡でワシを見に行ったりと、いたって普通の隣人のような付き合いを続けていきます。伍長の娘がベルリンの空爆で亡くなったとの報を受けて、村人たちもまた彼に同情を寄せました。怨み合うのではなく、戦争の苦しみをともに分かちあう同士になっていく両者。ジョーはドイツ兵もまたユダヤ人を追いつめていることへの心の呵責を感じていることを知ります。そんな折、ジョーの父親が、肺を病んだことを理由に解放され、この村に帰還しました。長い捕虜生活で荒んでしまい、すっかり人間が変わってしまった父親にジョーは驚きます。村人がドイツ兵と親しくなっている様子や、息子のジョーが伍長と出歩いていることに父親は怒りを爆発させますが、さて、ここから物語が大きく動き始めます。どんなに友好関係になろうとも、ドイツ兵は自分たちの責務を果たさなくてはなりません。ジョーの家族や村人たちもまた、彼らを欺き、ユダヤ人の子どもたちの命を守るために死力を尽くそうとしています。戦争が人を変えてしまう哀しさや、戦時であっても人としての理性を失わない姿など、戦争の時代に生きた人々の姿を物語は浮かび上がらせます。中でも、村で愛されているユベールというおそらくは自閉症の青年の無垢と憤りは胸を打ちます。アーニャは、なかなかやって来ません。それでも、待ち続けること。希望を胸に灯し続けることが、人が生きていくことなのだと考えさせられる物語です。ちなみに本書は1990年にイギリスで刊行された作品なのですが、2020年に映画化されています。その映画の画像を見たら、ジョーが美少年すぎて、表紙とのイメージの違いに驚かされました。作品解釈もなんとなく変わってくる気もします。