いなくなれ、群青

出 版 社: 新潮社

著     者: 河野裕

発 行 年: 2014年08月

いなくなれ、群青   紹介と感想>

冒頭から、青くて鼻持ちならない思春期の痛さが炸裂する展開に、うあああと叫んで、読み続ける自信が揺らいだのですが、それが物語の大いなる仕掛けであったことに震撼させられます。だって「100万回生きた猫」だと名乗る十七歳の高校生がカッコつけて嘯いている図なんて、赤面モノでしょう。出てくる子どもたちがスノッブな資質に溢れていて、実にたまらないのです。自分の十代の頃の、小難しいことを言いたがるカッコつけ具合を思い出して恥ずかしくなります。この、やっかいで面倒くさい子たちは何者なのか。フラットに、関わりたくないなあと思うタイプしか出てこない、という点が重要です。彼らには、欠けたところがあります。いや、むしろ過剰すぎるのです。真面目で正義感が強すぎたり、繊細すぎて傷つきやすかったり、ネガティヴで厭世的だったり、それでも片意地をはって自分を貫いている。社会性がないというか、学校生活を送る上で、色々と不都合があるタイプの子たちなのです。恐らくはその純粋さゆえのことです。そんな彼らが集められた場所が、この物語の舞台の「階段島(かいだんとう)」です。彼らは生きづらい人たちだと思います。人はなぜ生きづらさを抱えてしまうのか。世の中とハーレーションを起こしてしまうのは、世の中に問題があるのか、自分の資質に問題があるのか。そこで試行錯誤しながら、自分を世の中に合わせて調整した成れの果てが、大人というものなのかもしれません。繊細で尖った高校生たちが、なくしたものを見つけ出そうとする物語です。生きづらさを抱えている自分こそが、真の自分だと気づいてしまうと、真の自分でいるためには生きやすい場所なんてないのだ、というなんだか途方に暮れてしまう結論に至ります。そんなやっかいなことを突きつけてくる、青くて痛くて面白い物語です。

「階段島」と呼ばれている、その島にたどり着くのは、なにかを失くした人たちです。過去の記憶があり、自分が誰かもわかるのに、なぜ自分がこの島にきたのか、その経緯はわからない。部分的に記憶が失われているのです。異世界でも死後の世界でもなく、日本のどこかにある島で、二千人ほどの人口がいて、商店もあり、普通の生活も送れるし、ネット通販で買い物すれば、「階段島」の住所で荷物も届きます。それでも、この島からはどうしても脱出することができない、格子なき牢獄なのです。この島にいる自分を発見した十六歳の少年、七草は戸惑います。何故、自分はここにいるのか。この島での暮らし方のルールを、やはり同じようにこの島に外の世界から来た先住者たちからガイダンスを受け、島の象徴である大階段の途上にある学校に通い、アルバイトも始めます。ただ暮らしていく分には困らないのです。不条理な状況ながら、平穏な島暮らしを続けていた七草の前に、かつての知り合いが現れます。真辺由宇(まなべゆう)。小学生の頃からの付き合いで、二年前に彼女が転校するまで毎日を一緒に過ごしていた友人でした。その性格を知る七草は、彼女が引き起こすだろう周囲との軋轢を懸念します。空気を読むことなど一切せず、自分の正義を貫く彼女は、人を傷つけがちです。七草と同じ学校に転校してきた彼女は、この島から抜け出す意思表明を行い、周囲を困惑させます。彼女の危うさを知る七草は気を揉むことになり、心配を募らせます。真辺の真っ直ぐすぎる気性に辟易しながら、その純粋さを愛しんでもいる七草。かつて真辺を傷つけてしまったことも彼の心を苛んでいます。アンビバレントで複雑な感情を持て余し、七草は逡巡します。一方で、七草にはこの島の成り立ちやこの島にくることになった自分たちの存在について、ある仮説を思い浮かべています。真辺が現れたことで、その確信を得た七草の謎解きは鮮やかなのですが、ここからどうしたらいいのかと、読者としても大いに戸惑うことになります。実に身につまされる話なのです。

なぜ、この島にきた人たちには欠けたところが多いのか。学校が怖くて仮面を被っている先生。虚言癖のある男子生徒。人と対話することができない女子生徒。負けず嫌いすぎるし、面倒見が良すぎる委員長。そして複雑に考え込み、悲観的になっていく七草。自分が失くしたものを見つければ、この島を出ることができると言われています。この島の人たちは、この島にきた理由に関する記憶を失っています。そこには秘密が隠されています。現実の世界とこの島をつなぐ何かがそこにあります。この島から出たいと願う真辺は、この島を統治している魔女に交渉しようとします。階段島の大階段が続く山の上に住むという魔女。この島の住人たちは魔女と交渉することで、便宜をはかってもらったり、融通をきかせてもらうこともできます。暴走する真辺を苦々しく思いながらも、七草は真辺の周りの人間を傷つけてしまいがちな純粋さを惜しんでいます。深謀遠慮を続ける自分自身とは真逆にいる真辺。群青の夜空に浮かぶピストルスター。思わせぶりな表現やメタファーでヒントを振り撒く物語は、それぞれが失くしたものがなんだったのかを、やがて七草を通じて紐解かせます。ここは大人気ない思春期的な青さや弱さが集められた島です。それはいつか人が現実と調子を合わせて生きるために失くしてしまうものです。人は自分の生きづらさを克服していいきます。でも、克服されてしまった生きづらかった自分は、一体、どこに行ったのか。魔女とは誰なのか。どうしてこの島はできたのか。多くの謎が解決しないまま続刊に続きます。小っ恥ずかしく触れたくない琴線や逆鱗や地雷を踏みしめていくような物語です。そんな気持ちを抱くのは、まだ「失くしていない」からなのだろうなと、ちょっと安心しています。