出 版 社: 講談社 著 者: 工藤純子 廣嶋玲子 濱野京子 菅野雪虫 まはら三桃 発 行 年: 2016年10月 |
< ぐるぐるの図書室 紹介と感想 >
小学校の図書室の引き戸に貼られた茜色の紙には「家に帰りたくない人は、放課後、図書室に来てください。」と銀色の文字が書かれていました。その文字は、時に「探しものがある人は」だったり、「やり残したことがある人は」だったり、どうやら、その貼り紙を見る子ども次第で、書かれている言葉が違うのかも知れません。どこか心に隙間が空いてしまっていた子どもたちは、その言葉に誘われて、図書室に入ってしまいます。そこには、白いワンピースを着た髪の長い見知らぬ司書のような女性がいて、本を探すようにと言われるのですが、そこから子どもたちは不思議な世界へと迷い込みます。この共通する物語のプラットフォームで描き出された五編のアンソロジー。デビュー十年目を迎える五人の女性児童文学作家が、それぞれの主人公の物語を描いていくユニークな企画です。例えば『時のラビリンス』では「後戻りしたくてしょうがない人」である、まどかが主人公。片思いの走也君の誕生日にプレゼントを渡せなかったことをずっと悔やんでいるまどかが、図書室で本を開くと、走也君の誕生日に戻ることができます。ところが何度トライしても満足のいく結果に終わらないため、同じ過去の一日に遡り続けることになります。時の迷宮の迷子になってしまった、まどかが、ようやく気づいたことが、彼女の明日を変えていく見事な作品です。『秘境ループ』では「夢をかなえたい人」に与えられる本を手にした光が、自分の心に夢を問いかけます。その夢は叶いますが、その夢の世界から戻ってくるために代償を払わなくてはならなくなるという、切ない物語です。いずれの物語も精度が高く、目がみっちりと詰まった読み応えのある作品ばかりです。このファンタジーと児童文学の融合は、どこか懐かしくて、安房直子さん、立原えりかさん、あまんきみこさんらが築いてきた、かつての国内児童文学ファンタジーの系譜を、現代の女性児童文学作家たちが継承しているような嬉しい感覚もありました。ちょっと恐ろしくて、だけれど蠱惑的で、つい足を踏み入れてしまうアナザーワールドの危うさが、ここには健在です。五人の作家の作風の違いにも注目です。
※ところで、この中の一編である『九月のサルは夢を見た』には『五次元世界の冒険』という本が登場します。これが、マデレイン・レングルの『五次元世界のぼうけん』のことだとすると、もし同じ学校にこの本を読みたがる子が自分の他にもいるとしたら、それだけで穏やかな気持ちでいられなくなる、というのは納得です。よく引用される作品です。『きみに出会うとき』や『ぼくたち負け組クラブ』もご参照ください。