さよ 十二歳の刺客

出 版 社: くもん出版

著     者: 森川成美

発 行 年: 2018年11月

さよ  十二歳の刺客   紹介と感想>

非業の死を遂げたとされる歴史上の人物が、実は人知れず生き延びて第二の人生を送っていた、というのはロマンティックな夢想です。それがまだ年端のいかない子どもであったのなら、彼らが悲痛な運命に抗えた可能性にも期待したくなるものです。フランス革命におけるフランス国王の皇太子であったルイ17世(ルイ・シャルル)や、ロシア革命におけるロマノフ家の皇女アナスタシアなどの生存説がささやかれるのも、人々の願いが希望を繋ごうとしているものかも知れません。過去の遺物から物証が科学的に鑑定され、そんな可能性はないと一蹴されてしまうのが、現代の世知辛さです。とはいえ、実際には陰惨な死を遂げていたとしても、物語の中では、窮地を脱して、新たな人生を手に入れることができる。そこに託される思いもあります。ファンタジーとして、もしそうであったのならと、願い結ばれるロマンは健在で、ここには豊かな物語が生みだされ続けています。さて、時は十二世紀の終わり、源平合戦において敗軍の総大将であった平維盛の娘、さよがこの物語の主人公です。戦いに破れ、生きて辱めを受けるより、一族もろともに死ぬことを選んだ平家の人々。その姫である、さよは史実としてその名が遺されているわけではありません。それでも作家の想像力は、もしこの争乱後の世界を平家の姫が生き延びていたら、そして、平家を滅ぼした宿敵である源義経とまみえることがあったら、と、胸躍るシチュエーションを読者に見せてくれます。復讐を誓う姫は、その宿願を果たすことができたのか。正体を隠し、また男子に身をやつして、義経の背後を狙う、十二歳の刺客、さよ。活劇的な復讐譚にとどまらない、意識の変容と成長が、児童文学エンターテイメントとして深く突き刺さる物語です。

奥州、骨村荘園の領主の館で娘として育てられている、さよは十二歳。三年前、源氏との戦で壊滅した平家の姫として、入水したものの、海中をさまよい一人だけ命をとりとめた、さよ。支援してくれる人たちのおかげで、この荘園に、その出自を知られぬまま養女として迎えられていました。養父母亡き後、荘園を統べる兄の下、姫ながら馬術や弓矢など武術の稽古に励むのは、いつか敵将、源義経に一矢を報いたいと思っていたからです。その義経が、兄頼朝に疎まれ、奥州藤原家を頼り、逃げ落ちてきたことを、さよは知ります。男装をし、兄の従者として藤原家を訪ねた、さよは、接待館に庇護された源義経と顔を合わせます。さよの面差しを見て、平維盛の名をほのめかす義経に警戒感を抱きながらも、義経の息子である十歳の千歳丸の遊び相手を勤めることになったさよは、兄と離れ一人ここに留まり、義経に復讐を果たす機を伺います。当初、千歳丸とは互いに意地を張り合い、馬の駆けくらべの勝負をすることにもなりますが、潔く負けを認めるその態度に、次第にさよも打ち解けていきます。義経父子との関わりあいの中で、その心の裡に触れてしまった、さよには複雑な想いも兆していきます。しかし、平家を滅ぼした源氏の総大将、源義経の命運もまた、この地で尽きようとしていました。奥州藤原氏の裏切りによって、接待館に攻め込まれた義経。さよは、その残された時間に本懐を遂げることができるのでしょうか。

一般的に、源義経は悲劇のヒーローとして人気のある武将です。美少年の牛若丸ということもありますが、不遇な生い立ちを経て、優れた智略で戦を制し、その能力ゆえに兄に疎まれて追われる身となった生涯は判官贔屓の言葉の示す通り、後の世の同情を集め、モンゴルでチンギスハンになったなどの荒唐無稽な生存説も生み出されるほどです。一方で平維盛をはじめとして平家の公達は、その驕りと傲慢さゆえに足元をすくわれたのだという対比される構図も浮かんできます。しかし、この物語は、そうした通弊したイメージを覆します。もとより、さよの平家視点も興味深いところですが、物語の中でその視座がより深く養われていくところが見どころです。当初は、義経の卑怯な戦法を疎んじていた、さよ。猿に似た醜い小男と、さよが抱いた印象も少なからず、変わっていきます。そこには、父、維盛と義経の因縁も関わっていきます。時代がシフトしていく中で、武将としてどう戦うべきであったかなど、さよに感情を越えた合理的な考えが兆していきます。また、さよが知ることになる維盛の理想や先見も、旧来の平家のイメージを覆すものです。義経についても、現在の苦境に至った背景にも考えが及び、ただ復讐心を募らせていた少女が、その考えを深かめていくプロセスが面白いのです。もうひとつ印象に残るのが、千歳丸と父義経の関係性です。教育のためとはいえ、非常に厳しく千歳丸に接する義経。父を尊敬し、ただただほめられたい千歳丸のいじらしさ。そこに義経の過去や、さよと父の関係もオーバーラップして、父子の情愛を感じさせるあたりも非常に良いところでした。もとより復讐は痛快なだけでは描き得ないものですが、冒険譚としての面白さと、感情に逸る少女がその考えを深め、新しい世界の広がりを体得していく姿など読みどころに溢れた作品です。