園芸少年

出 版 社: 講談社

著     者: 魚住直子

発 行 年: 2009年08月


園芸少年  紹介と感想 >
高校に入学したものの特にやることもなく、暇をもてあましていた篠崎は、同じ新入生の見るからに不良の大和田と親しくなります。中学生の頃はよく見かけた典型的な不良スタイルの大和田ですが、レベルが高いこの高校では逆に珍しいタイプ。態度はデカイものの、話をしてみると、その怖そうな外見にもかかわらず、一本気で、変わったところがある面白い奴でした。学校で退屈そうにしていると、先輩たちのクラブ勧誘の手がしつこく伸びてきます。園芸部に入るという適当な口実で面倒な誘いを逃れていた二人は、部員がいない園芸部の残した花檀を本当にまかされることになってしまい、なりゆきで部活動を始めることになりました。とはいえ、なんの知識もない二人が、やみくもに種を蒔き、水を遣っても芽は出ません。そんな二人にブレーンがつきます。対人恐怖症で相談室登校を続けている同じ一年生のBB。花の育て方をちゃんと調べてくる彼のおかげでパワーアップした園芸部は、活動に力が入っていきます。中学生時代にいじめられたことがあり、大和田のような不良タイプが苦手なBB。同級生を傷つけた過去があり、デリケートなBBとの距離をはかるのが難しい篠崎。大和田も中学時代の不良仲間から裏切者として難癖をつけられトラブルに巻き込まれているようです。三者三様、それぞれの心の事情がある。器用に学校生活をこなすことができない三人。いつの間にか大切なものになっていく、お互いの存在。心の距離があるもの同士を結びつけた絆は何だったのか。春から夏、そして文化祭の秋。さわやかで不思議な男子モノです。

愛される日本の「不良」。それはヤンキーでもチーマーでもなくツッパリです(イメージとしては金八先生の加藤君ですね。古いか)。漫画的に言えば「番長」なんてのもいますが、さすがにそれはリアリティがないかな。時代遅れで、世の中とスウィングできない不器用さ。複雑な事情を抱えて、内面のナイーブさを強面で包み隠している不良少年。理不尽な大人の理屈には歯向うが、仁義に篤く、弱い者イジメはしない。さすがにそれは不良幻想が過ぎるかも知れません。「騎士物語の主人公が絶えず民衆の脅威であったことを忘れてはならない」という言葉のように、ダークヒーローである不良もまた、一般学生の脅威であることは確かですし、ワルであることには変わりません。それでも、そんな存在につい心を奪われてしまうのが、実にヤッカイなところです。この物語に登場する愛すべき「不良」の大和田は、中学生の終わりに不良生活の希望のなさを見越して、にわかに勉強をはじめ、見事、高レベルの高校に入学しました。とはいえ、高校に入っても、眉毛がなく、制服のズボンを腰履きにするファッションスタイルを貫き続けるので、浮き上がった存在となっています。そんな彼が、親しくなった篠崎たちと一緒に園芸部を始める。不良と園芸のミスマッチ。見よう見まねで、花檀を耕し、水遣りをし、花の種をあつらえる。元気になる植物に、喜びを感じていく、そんな不良。愛すべき「不良」の彼を見守る、主人公の少年たちの視線こそが魅力的な物語です。

少年同士の園芸モノということで、同時期の後藤みわこさんの『秘密の菜園』とカブりましたが、こちらの方が少年たちの関係性がより良く描かれていた印象です。互いの心の事情に深く入り込み過ぎないまま、友情をもって接していく。そんな距離をはかった関係性が良かったですね。高校一年生男子って、こんなに単純だったかなと思いながら、自分もこのぐらい素直だったら、もっと楽しい日々が送れたような気がする、羨ましい理想の高校生活です。そういえば、僕が中学生の時、暗い目をしてケンカ騒ぎや問題行動を起こしてばかりいる「不良」がいました。中学を卒業して、その消息を聞くこともないまま数年が経った頃、町で偶然、背広姿の彼と再会しました。今は、ホテルのレストランで修業中だと、すっかり明るく朗らかな青年になっている彼。怒れる若者はフルスピードで十代を駆け抜け、先に「あがって」しまったのです。「良」だった僕は、覇気のないぬるい大学生になっていて、立派に働いている彼の前で恥ずかしくなっていたのを覚えています。ハンパな「良」は、更生することもできないまま、いつまでも何者でもない。「良」から推測する「不良」の心のうちや「良」の思惑。児童文学で描かれるポストモダンとしての不良は、見守る「良」の視線の先に結ばれているのではないかと思ってみたりするのです。