なりたい二人

出 版 社: PHP研究所

著     者: 令丈ヒロ子

発 行 年: 2014年06月

なりたい二人  紹介と感想>

中学生が将来なりたい人気職業のアンケートが公開されると、そこから時代を読み解くような考察がなされるものですね。目下(2021年現在)は、ユーチューバーがトップを走っている状況ですが、その心は、かつての子どもたちがタレントやアーティストに憧れたものと同じものなのかどうか。これが20世紀には想像さえされていなかった職業であることを考えると、現在の中学生が仕事につく頃には、今はまだ存在しない職業が人気になっている可能性も考えられます。自分の仕事経験の中では、オンライン書店などのECサイトに関わっていた期間が長いのですが、自分が中学生の頃は、インターネットは(軍事利用はされていたかも知れませんが)一般的には存在せず、将来、そんな仕事をすることになるとは思いもしませんでした。また、文学部を出ましたが、意外にも会計処理やプログラム作成などをやったり、思いもよらぬ仕事体験をすることもありました。まあ、自分の適性だと思っていないことが向いていたりすることもあるものです。とはいえ、そんなふうに成り行きで働いているうちに年をとってしまい、会社員としての終わりを考えるようになると、「なりたい」という強い意志によって、自分の将来を自分で決めていくことも必要だったのではないかと感じています。おそらく、早い時期から何に「なりたい」のか考えなければならなかったわけですが、ここで素直になれないのが、中学生というものかも知れません。僕は「ユーチューバー」や「宇宙飛行士」というのは、なんとなくテレかくしのワイルドカードのような気がしていて、本心がそこにあるのかと疑っています。あまり現実的な希望を語ってしまうと、現在の自分とのギャップに自分で恥ずかしくなってしまったり、人に笑われるのではないかと思ってしまう。そんな気持ちは今も昔も変わらないのではないかと思うのです。この物語では、自分の「なりたい」に素直になれない中学生の男女二人が、回り道をしながら、自分の「本心」を見つけ出していきます。「お仕事」を題材にした児童文学の中でも特にユニークな切り口の一冊です。

室町中学校の一年生全員に出された課題は「自分の夢・将来なりたい職業について」をあげて、二人一組で話し合うというものでした。課題にはもちろん発表もあります。高校進学は考えているけれど、その先のことについては、ちえりにも漠然としています。それよりも困ったのは、組まされた相手が、幼なじみのムギこと武儀(たけよし)だったことです。互いに父親がいない家庭で、母親同士が仲が良く、小さな頃から一緒だった二人とはいえ、年頃にもなれば、むやみに親しくもできないもの。それはというのも、背が高く大人びて見える、ちえりと背が低くぽっちゃりとしたムギが並ぶと、保育士と保育園児のように見えてしまうため、ちえりは積極的にムギを避けるようになっていたのです。まあ、中学生の男女が親しくしていれば、あらぬ噂を立てられるもので、次第に疎遠になっていくのはよくあること。そんな二人が、あらためて、顔を突き合わせて、将来の夢や、なりたい職業を腹蔵なく話し合うというのは、なかなか難しいことです。意地を張って互いに牽制してばかり。将来なりたいものがないという二人に、先生は、それぞれの母親の仕事を調べてみたらとアドバイスをくれます。ちえりの母親は社員食堂の管理栄養士。ムギの母親はエステサロンで働くエスティシャンです。自分の親の仕事に対しては微妙にわだかまるものがある二人ですが、互いの親の仕事には興味がある。実はムギは料理研究家になりたくて、江戸時代のレシピを研究しているようなマニアックな少年だったのです。料理器具が揃った厨房に行けるとなれば、嬉しくもなります。一方、ちえりも、モデルに興味を持っており、キレイになることへの憧れがありました。お互いの母親の職場で、自分を解放していく二人は「なりたい」ものへの間合いを詰めていきます。とはいえ、同級生の前でなりたいものを発表することにはまだまだ抵抗があります。自分に自信を持てなくても、夢は持っていい。人に笑われたり、馬鹿にされたって、自分の心に正直であったほうがいい。幼なじみの二人が意地を張り合い反発しながらも、それでもお互いの良いところを認めあい、支えあっていく。そんな面映さがどうにも楽しい物語です。将来の夢を実現するために、孤独な闘いを続ける必要なんてなくて、夢を共有することも素敵なことなのだと思わせてもらえます。

夢に向かって邁進することには、挫折することで傷つくリスクがあります。かといって最初から諦めて何もしないままというのも、後で後悔することになるものです。もちろん夢は実現できた方が良いのですが、一方で、職業は長く続けていくものであり、ほどよい体温で走り続けることが大切かなとも思います。まあ、微熱が続いているぐらいのワクワク感を継続できるのがベストかなとも思います。また、どんな仕事をするかよりも、どんな人たちと働くかも重要ですね。この物語でも、大人たちがどんな心意気で働いているかを子どもたちは知ることになります。実際、矜持を持って働く人たちもいれば、仕事にほど良いスタンスで接している人もいるものです。昨今は、ワークライフバランスが重要視されていて、仕事一辺倒が推奨されない時勢にもなっています。仕事には色々なファクターがあって、なんてことを言われると、中学生は混乱すると思うので、まずは将来の夢に向かって進んだり、働く大人たちの背中を見守りながら、じっくり考えるべきでしょう。ちえりとムギの夢の仕事をめぐる物語は、そうした人の心のうちを見つめ、身近にいる人を再発見していきます。なによりも、ちえりとムギの二人が、人に夢を語ることができない原因となっているコンプレックスを認め、それを互いに告白し、支えあっていけるパートナーシップ育てていく過程がコミカルに描かれているのが楽しいんですね。照れ隠しと意地の張りあいと、およそ素直にはなれないのが中学生の男女です。カップルだとからかわれることで、余計に意識してしまったりする。そこにまた、ちえりとムギの温度差もあったりして、どうにも楽しい物語は続きます。中学生の女の子の、はじける思惑の一人相撲がどうにも楽しいところです。まあ、相撲はたいてい二人でとった方が楽しいものですが、誘うのは難しいものですね。